Wind

 カミュという男は他人とつるまない、余計は事は話さない、慣れ合ったりなんてしない。手を伸ばしてもするりと抜け出しその場を離れてしまうような、まるで猫のように自由でしなやかな男だった。
 こうして長い間ともに旅をしていても、あまり自分のことは話さない。誰かの話にそっと耳を傾けたり求められれば返事をするぐらいだ。いつだったか「面倒事には首を突っ込まないようにしている」とは言ってはいたが、そうはいってもカミュだって勇者一行の一人だ。面倒事に会わないわけがなかった。
 なんだかんだと言いつつ困っている人がいれば手を貸すことも優しい声をかけることも厭わない。そんなカミュという男は、世界の命運を背負っている勇者が人生ではじめて惚れた男だった。

「なぁ、お前もそう思うだろ?」
 店内の喧噪の中、突然かけられた声に勇者の肩がびくりと跳ねる。甘いような苦いような香りが立ち込める酒場のカウンターの一角で、勇者の隣に座るカミュが普段よりも熱を持った声をかけてくる。
「ベロニカのやつ、おれがまだお子ちゃまだのなんだのって……子どもに子どもなんで言われる筋合い無いってんだ。なのにセーニャのやつ、それを聞いて笑ってるんだぜ、ひでえよなぁ?」
 今の言葉はベロニカが聞いたらきっと激怒するだろう。だけど、それよりも今は少し呂律の怪しいカミュの声の方が気になって仕方がない。
 ちらりと隣を見やると、耳までほんのりと赤くなったカミュの服がずれて鎖骨だけでなく肩が露になろうとしていた。なんだか見てはいけない気がして勇者がそっと乱れた服を直してやると、カミュはそれが気に入らなかったのかむすっと口を尖らせた。
「なんだよ、お前までオレを子ども扱いすんのか」
「いや、そんなつもりじゃ……」
 勇者が言い終わる前に、カミュが手に持った大ジョッキを勢いよく呷った。上下する白い喉を見て、勇者も真似をするように手に持ったグラスの中身を飲み干していく。
 普段は冷静で大人っぽくて、どちらかと言えば兄に近い存在のカミュがここまで乱れているのは珍しい。お酒と言うものは恐ろしいと、勇者は身をもって学んでいた。

 酒場の奥の方へ視線をやると、他の仲間たちも各々楽しそうに話に花を咲かせているようだった。
 どうして今勇者は他の仲間たちと離れカミュと二人で並び飲んでいるのかと言うと、最近少し元気が無さそうだったカミュを見かねたシルビアが「せっかく街に泊まれるし、たまには二人でゆっくり話して来たら?」と気を利かせてくれたからであった。
 それを聞いて勇者は、そういえば最近は街に滞在することが少なく野宿続きで、カミュと話すことが少なくなったと気が付いた。旅を始めた頃はカミュと二人きりの期間があったので何でもないことでもたくさん話していたのに、近頃はそんなことも無くなっていた。カミュの元気がない理由も気になったので、勇者はシルビアの助言通り、カミュと二人の時間を作ることにした。
 そこで初めて、勇者はカミュの「今の」姿を見た。酒に溺れる相棒は、なんとも目に毒だった。
 今までぱふぱふ屋さんだとかいかがわしい本だとか、そういったもので自身の雄の部分をくすぐられるような経験は幾度とあった。だけど、それだけだ。なにかアクションを起こすこともなければ、何かが何かに進展することもなかった。
 年頃の勇者にはそれなりの知識も興味も持ち合わせてはいるが、その対象が相棒に向けられるのは良くないと頭では理解している。そのはずなのに、勇者はカミュから目が離せなかった。

「お前、さぁ……」
 頬杖をついているカミュが、じっと勇者の顔を見つめている。
「な、なに……?」
 動揺しているのを隠そうと声のトーンを抑えつつ返事をする。すると、カミュの手がするりと伸びてきたかと思えば普段はグローブをしていて見えない甲で、つぅ……と勇者の頬を曲線を辿っていった。
「カミュ、あの」
「でっかくなったよなぁ。あんなに小さくて、子どもみたいだったのに……」
 思わず自分を弄ぶその手を掴もうとしたが、そんな勇者の気を知ってか知らずかカミュは勇者から逃げてしまうように椅子から降りてしまった。
「オレ、先帰ってるな」
 勇者の止める声も聞かず、カミュはこちらに背を向けすたすたと酒場を出てしまった。
 その姿を追うため勇者はカウンターに多めの支払金額を残し、こちらの様子を伺っていたのであろうシルビアに目配せをして慌てて店を出た。

「カミュ、待ってよ!」
 月明りだけの夜道で、先程まで酔いつぶれる一歩手前だったとは思えないほどまっすぐ歩くカミュの後ろ姿を見つけた。
 振り返らないので腕を掴むと、カミュは溜息をついた。
「……、お前さ」
 二人だけの夜道。
「え?」
 二人の声以外は、何も聞こえない。

「オレのこと、好き?」
 
 その言葉に、勇者の頭の中は真っ白になってしまった。
 そんな、なんでもないみたいに聞かないで欲しかった。それはもっと大事なことで、君が思っているよりも胸の奥で輝いていて、そんな簡単に口に出していいものではないのだから。
 怒りでも悲しみでもない。彼の腕を掴む手により力をこめれば、小さく「痛い」と返ってきた。ぼくは、もっと「痛い」のに。

「泣き虫」
 気が付いたら勇者の両の目からはぼろぼろと涙がこぼれ落ちていた。
「なあ、返事は」
「……君って、酷い人なんだ」
「そうだよ、今更気が付いたのか」
 へへ、なんて悪戯っぽく笑う姿に苛立ちが募る。やめてくれ、笑わないでくれ。だってカミュは、僕の気持ちを酷くかき乱す様な酷い人なんかじゃないんだ。
 冷たい夜風が頬をなぞり、先程カミュが触れた時はあんなに熱かったのに、なんて思い出してしまい涙が止まらなくなる。それを受け止めるように、カミュは腕を伸ばして勇者の瞼にキスをした。
「オレってさ、実は意地汚くて、強欲で、酷い男なんだ。だから勇者様の全部が欲しくなっちまった」
「カミュなら、いいよ」
 一体、何が「いいよ」なのか。だけれどカミュは今度は嬉しそうにけらけらと笑って、まだお酒の匂いが残る互いの口をゆっくりと寄せた。

 
 * * * * * * * * * * * *

 
 この先の人生で起こるすべての「はじめて」は、全部カミュと一緒がいいなと思った。
 お酒の味を知った時も、ぱふぱふ屋さんに行った時も、死んでしまった時も、生き返る時も、キスをするときも、全部カミュと一緒が良かった。
 だってもう、カミュがいなければ僕はもうどうすれば良いのか分からないのだ。自分を強くも弱くもしてしまう一人の男を憎らしいと思うし、愛おしいとも思う。
 
 カミュと一緒に宿屋の一人用ベッドに倒れ込み、勇者はベッドから体がはみ出そうとするのを必死にこらえながら自分の上に乗る愛しい相棒を受け止めた。
 馬乗りになったまま手慣れたように自身の服を脱ぎながら勇者の服も剥がしにかかる姿を見て、勇者は思わずごくりと息を飲む。
「ねえ、カミュってこういうこと慣れてるの?」
「ええー?」
 ふふ、とこちらを揶揄うような声に勇者は眉を寄せる。
「お前は、どっちだと思う……?」
 普段から薄着ではあるが、いざ目の前に好いた男の肌が露出されるとどうしても気恥ずかしさが勝ってしまう。
 さっと顔を逸らすと、「逃げんな」と無理やり視線を合わせるよう顔の位置を戻される。
「お前はさ、これからずーーーっとオレのことだけを見ていくんだよ」
 例え、この先何があったとしても。そう続けるカミュの言葉の意味は分からなかったが、勇者は黙って頷くだけだった。
 
 まだ何もされていないのに、夢に見た肌を見ただけですっかり反応してしまっていう箇所をカミュが目の前で手で上下している。信じられない。
 ぬちぬちと卑猥な音が響いて、我慢していたのにたまらず声が溢れてしまう。それを見たカミュが満足そうに目を細めた。
「勇者様は元気だなあ、オレも負けてらんないな」
 こういうことに勝ち負けとかあるのだろうか。そう聞きたかったのに、カミュの手に集中してしまって何も聞けない。
 
「も、いいかな……」
 膝立ちになったカミュが、自身の後孔に先程まで手でいじくり倒してくれたものを宛がう。想像よりも早い展開に、勇者の頭が追い付かない。
「ちょ、ちょっと待って」
「なんでお前が止めるんだよ」
 先端が触れ、くちゅ……と濡れた音が聞こえる。耳に悪い。ついでに、心臓にも悪い。
「オレ決めたんだよ、勇者様のもん、ぜーんぶいただくって」
 そのままカミュが腰を落としたかと思うと勢いよく奥まで突いてしまって、きゅうきゅうと締まる感覚に目の前がぼやぼやとしてしまう。
「な、きもちい……?」
 息を乱しながら馬乗りで腰を上下させるカミュのあられもない姿に、勇者はどうにかなってしまいそうだった。
「あ、ッぁ、ん、ンあ、あ」
「はあ、……ぁ、かみゅ、ねえ、ぼく」
 自分の上で喘ぐ相棒に、そう言えば先程の返事をしていなかったと思い出した。
 だから想像よりも細かったカミュの腰を抱え、今度は自分のペースで深く深く腰を落とさせた。
「ッちょ、っとま、まって、あッあ!」
「好き、すき、ねえカミュ、好きだよ。きもちいーよ、かみゅ、君も気持ちいい……?」
「な、んで今、言うんだよ、ぉ」
 確かにそうなのだけれど、今伝えなければいけない気がした。
 だからカミュの言う事はお構いなしに好きに奥を何度もついてやる。その度にカミュが声をあげるものだから勇者は思わず体を起こし、今まで上に乗っていたカミュを勢いに任せて組み敷いた。
「ほら、ね、君が欲しいもの……ぜんぶ、あげる」
 再び腰を抱えてどちゅどちゅとピストンを繰り返す。しっかりと自身の形を刻むように奥をぐりぐりと突いて、カミュの望みを叶えてやりたいと思った。
「いぁ、あ!ぅあッ、あ、ん」
 奥を突いて、彼が欲しがったものをどくどくと注ぐ。僕も同じだけ受け取って、ひどく扱った体をぎゅうと抱きしめた。苦しいだろうに、彼は表情を歪めることはしない。
「かみゅ、いつだって、君が望むなら、何度だって、君のことが好きだって言うよ。だから、だから――――」
 だから。
 その続きを、きっと彼は覚えてはいない。