into you

「好きだ」
金髪碧眼、すっと通った鼻筋、長い手足、引き締まった身体、形の良い唇。嘘のような、もとい絵に描いたような男前だ。
そんな童話の中に出てくるような王子様に正面からまっすぐに好きだと言われ、頬を染めない女はいないだろう。
だが俺は男で、この17年間男に恋をしたことが無く、誰かに真剣に恋をしたことがあるかも怪しく、だが目の前の男は俺のことを好きだという。
固まったまま何も言わない俺を不思議に思ったのか、よく聞こえていないと思ったのか、もう一度先程と同じ声色で「好きだ」と告げられる。
だが、今度は両手をしっかりと握られて、だ。
逃げようかな、と考えが一瞬頭をよぎるが、それはやめた。力では目の前の男に勝てないことぐらい分かっている。
ポケットに忍ばせている秘蔵の即効性の睡眠薬を使えば運よく逃げられるかもしれないが、そもそも両手をがっしりと掴まれてしまっているので手が使えない。
それに、今ここで逃げたところでなんの解決にもならないだろう。

どうしてこうなったんだっけ、と記憶を辿る。
ディミトリが先生から俺宛の講義用の資料を預かったと言って部屋を訪ねてきたのが始まりだった気がする。
そうか、ありがとう、それじゃあなとドアを閉めればよかったのかもしれないが、ディミトリは俺の調合途中だった薬に興味を持ったので、つい部屋に入れてしまった。
俺のベッドに二人で並んで座って、そのまま互いの学級の話になって、課題がキツいとか昨日の食堂のメニューは美味かったとか、そんな他愛のない話をしていたはずだった。
すると急に、ディミトリがじっとこちらを見たまま動かなくなってしまったので「どうした」と聞いた。そして、冒頭に戻る。

「お前の言う好き、だが」
「一人の男として、好きだと言っている」
「…あ、そう」
全部言う前に回答を述べられた。しかも、言ってくれるなと思っていた方の。
「なんで俺なんだよ」
正直に思ったままを聞いた。友人として好きだとかならともかく、これは、おかしいだろう。
性別がどうだとかは正直この際どうだって良い。そんな話が通じる様子でもないからだ。
「最近お前といるようになって、気が付いたことがあるんだ」
「はぁ」
「…なんだか、一緒に過ごしていると、きらきらしているように見えるんだ」
あ、それは恋だわ、絶対そう。とは口が裂けても言えない。
「なら、なんで今好きだって言ったんだよ」
「今言わなければ、いつまでも伝わらないと思ったからだ」
何事もタイミングが大切だと先生が言っていた。そう答えたディミトリの目があまりにも真っすぐで、綺麗で、思わず目線を反らす。
ここから逃げ出すには、彼の言う「好き」に答えねばならないのだろう。
「すまない、お前を困らせたいわけではないんだ」
しゅん、と少しディミトリが悲しそうな顔をする。やめろ、そんな子犬みたいな反応をするな。見た目は大型犬のくせに。
「王子さまは、どうしたいんだ」
「どうしたい、とは」
「俺に告白するってことは、俺とどうにかなりたいんだろ?」
違うのかと尋ねれば、目の前の王子さまは首を捻った。
「俺は、ただ気持ちを伝えたかっただけで…」
嘘だろ。頭がクラクラする。
お前、それはないだろうと言いたかったが、その言葉をぐっと堪え、別の攻め方に入ることにした。
「違ったのか?俺はてっきり、お前は俺といろいろしたいんだと思ったよ」
わざと目を細め、見据えたような顔をしてやる。
「いろ……、」
いろ、と消えかかりそうな声と共に、ディミトリの顔がみるみる赤くなる。
勝利の兆しが見えてきた。こっちの土俵に入れてさえしまえば、あとは大丈夫だ。
「初心な王子様に教えてやるよ。今時青いそんな告白じゃ、落とせるもんも落とせなーー」
い、という言葉は、塞がれた唇の中に消えてしまった。

———-

あれからというもの、ディミトリは廊下や中庭で俺を見つけるたびに傍に寄ってくる。
その子犬がしっぽを振るような(見た目は大型犬だが)様子を少し可愛いと思ってしまう自分が信じられないし、今も自室に戻る途中に俺を見かけさわやかな笑顔で隣へとやって来る様子に思わず笑顔になってしまう。
先日の部屋での一件も、思い返せば別段不快というわけでもなかった。自分の唇に触れてみる。少し、カサカサしていた。
俺たちは結局、付き合うでもなく関係をこじらせるわけでもなく、ただのちょっと距離の近い学友になっていた。
あの日キスをされた俺は、驚きで思わずその綺麗な顔に頭突きをし、自由になった途端部屋から逃げ出した。
国宝級の顔面に傷がつかないか少し心配したが、まあたぶん大丈夫だろう。
しばらくして部屋に戻ると、ディミトリはいなかった。だがその翌日、再び部屋を訪れた彼に延々に深々と頭を下げられたり謝罪の言葉を並べられたりで、ちょっと俺はうんざりしていたのかもしれない。
「いいよ」
やっぱりしゅんと眉を下げるディミトリにそれだと言うと、彼は困ったように何がと答えた。
「だから、お前の告白。別に無かったことにしなくて良い」
「! なら…」
「ただ、受け入れたわけじゃない。そんなに俺のことが好きなら、頑張って俺を惚れさせてみろ」
そしたらイエスと返してやる。そう言えば、目の前の王子さまは笑顔になるのだった。

詰まるところ、彼は今、俺を自分に惚れさせるために必死なわけだ。
キスはあの時の一回きりではあるし、他に何かされたりしたわけでない。
ただ時間が合えば一緒にご飯をと誘われ、廊下で出くわせば部屋に行って良いかと聞かれ、風呂場で会えば気恥ずかしそうにされる。ただそれだけだった。
正直俺といて何が楽しいのかはさっぱり分からない。生まれも国も思想も何もかもが違う。自分で言うのもなんだが、何もこんな得体のしれない同級生を好きにならなくても良いのに、と思う。
今も部屋まで着いて来たティミトリと、またベッドに並んで座ってしまった。このままじゃあ、終わりが見えない。
「ディミトリ」
名前を呼べば、嬉しそうに「なんだ?」と返ってくる。
そんな姿も、今ではもうなんだかんだで愛おしいと気が付いてしまっている。俺もかなり、やられている。
「キスをしよう」
「ああ、……え、え?」
え???と、今までで一番面白い顔をしているディミトリの頬を両手でつかみ、無理やり顔を引き寄せた。
唇が触れたときに、そう言えば俺のは乾燥してるけど痛くないかな、なんて考えてしまう。
触れるだけの短い行為はあまりにも味が無いだろう。離れる瞬間に相手のそれをぺろりと舐めてやると、びくりと肩が跳ねたのが分かった。思ったより面白いよ、王子様。
「いきなり、どうしたんだ」
ディミトリは自分の口を手で覆うが、視線はこちらから逸らさなかった。
「別に、ただ、確認したかった」
「確認?」
不思議そうにしているディミトリを見て、案外いろんな顔をするもんだと感心した。
正直表情はそんなに変わらない。ただ、彼の微妙な変化が分かるようになってきただけだった。重症かもしれない。
「もう一度キスをして、嫌じゃなかったら、俺もお前のこと好きなのかなって」
「……そう、か」
「嫌じゃ、なかったよ」
言って後悔したとかではないが、きっと俺は今、最高に変な顔をしている。だって考えられないほど顔があつい。そう思って顔を反らした。
だが、今度はディミトリが俺の頬を掴み、無理やり視線を合わされた。
「なんだ、お前もそんな顔になるんだな」
ふわりと笑った王子様が楽しそうにお喋りを始めるものだから、俺はなんだか悔しくて、もう一度頭突きをして逃げ出した。