この国では17歳になると例外無く一人につき一体のAIロボットが支給される。
両親に与えられているAI達は家事や仕事を手伝っている。彼らはとても優秀で、人間が頼んだ仕事をてきぱきとこなす。
料理なら一度教えたレシピは絶対に間違えない。書類整理ならこちらが指示せずとも状況によって名前順や日付順に並び替える。
パートナーと過ごした時間だけ、彼らは学習する。元からある程度の人間界での一般常識や知識を与えられているが、それ以降の情報は俺たち人間と同じで日々の積み重ねで成長していくのだ。
見た目も様々で、人間と全く見分けのつかないタイプや、少し機械じみた見た目のタイプまである。支給される相手のデータを元にデザインされるらしい。
はやく自分のパートナーが欲しかった俺は、何故17歳からなのかと両親に聞いたことがある。
父親は、17歳になるまではAIではなく人間と交流しなければならないからだと言った。
母親は、17歳になるまでは自分で物事を考える力を身につけなければならないからだと言った。
当時幼かった俺もそれなりに意味を理解して、ならば大人しく17歳まで待っていようと心得た。
そして今日、俺は17歳の誕生日を迎えた。
豪華な料理とプレゼントと共に、家族だけでお祝いをした。生れてきてくれてありがとう。両親は誕生日の度に俺にそう言った。
さてお待ちかねのお前のパートナーとのご対面だと、部屋の中央に置かれた大きな箱を父親が少しオーバーに指差した。
俺は少し興奮していたのか、箱を包む綺麗な包装紙を乱暴に破いた。
いざ箱を開けようとしたその時、勝手に箱が開かれ中から俺のパートナーが飛び出した。
「はじめまして、ノクト!」
俺のパートナーは、俺と同い年ぐらいの青年のようだった。
透き通った金髪に元気な声と白い肌を強調するそばかすが特徴的で、まるで俺と正反対であった。
笑顔で俺の名前を呼ぶこいつは、対面早々俺を力強く抱きしめた。
AIロボットに感情などは無い。学習した中で人間がおおよそ嬉しいと感じるだろう場面で笑い、悲しいと感じると思われる場面で泣くように設定されている。
なのにこいつは人間の俺より感情豊かの様で、これではどちらがAIなのか分かったもんじゃない。
「俺、ノクトに会えて嬉しい。ずっとずっと会いたかったんだ!」
「お、おい…」
流石ロボット、力が強い。そこそこ鍛えているつもりの俺でも腕から抜け出すことが出来ず、ただただもがくしかない。
両親はそんな俺たちを見て笑っていた。新しいお友達が出来て良かったねって。
「ねぇねぇ、名前をちょーだい。俺の一番の宝物にするから」
名前。そう言われて、いつかパートナーになるAIに捧げる為にずっと胸の内に温めていた名前を与えた。
「プロンプト」
昔読んだSF小説に、そんな名前の登場人物がいた。特に目立った立ち位置ではなかったものの彼はいつも主人公を励ます良きパートナーとして描かれていて、俺は自分のAIがこのキャラクターの様であれば良いと思い、その名前にしようとずっと決めていた。
「プロンプト? すごくいい名前、嬉しいな。ありがとう!」
「分かったから、いい加減放してくれ」
やっと自由の身になった俺は、まだ箱に入ったままのプロンプトに手を差し出した。
「ようこそプロンプト、これからよろしくな」
握られた手はあたたかく、きっと俺たちは良いパートナーになると思った。
「おはようノクト、もう朝だよ」
プロンプトは必ず毎朝8時に俺を起こす。彼と一緒に生活するようになって1週間が経つが、俺が目覚まし時計を使うことは無くなった。
朝に弱い俺はなかなかベッドから出られないので、プロンプトに無理やり引きずり出され母の作った朝食の待つ食卓へ座らされる。両親は共働きの為、朝はプロンプトと二人きりのことが多い。
「なぁプロンプト、休みの日は8時に起こさなくても良いんだぞ」
こんがりと焼けたトーストに苺ジャムを塗りながら言うと、隣に座るプロンプトは不思議そうに首をかしげた。
「でもノクト、朝は8時に起きるって設定されてる」
「学校がある日はな。休みの日は起きる時間は決まってないんだ」
「???」
どうにも理解していないようで、俺はこの話はやめることにした。きっとまだ学習しきれていないだけだ。
プロンプトはあらかじめ設定されたことはそつなくこなすが、こんな風にイレギュラーな状況に対応できないことがままあった。
例えば、雨が降っているときは傘を俺に持たせる様に設定されている。ある日、俺は迎えがあるので傘はいらないと言ったがプロンプトは頑として聞かなかった。
父親はプロンプトは見た目は俺と同じぐらいでも実際は生まれたてなのだからゆっくり見守ってやろうと言っていた。俺もその意見に賛成であったので、今までの少々のミスも笑って済ましていた。
しかしこんな晴れた日曜日に早起きをしたのだから、せっかくならどこかへ行きたい。そう思って、はじめてプロンプトを外へ出すことに決めた。
「今日、一緒に釣りに行こうぜ」
「釣りって魚釣り?何を釣るの?」
「さぁ、何釣ろうかな。釣り糸垂らしてボーッとしてるのも、案外楽しいぜ」
俺が楽しいと言うとプロンプトは「それは楽しいもの」と理解するらしく、ノクトと釣りしたい!と笑顔で両手を上げた。
AIロボットというのは凄いもので、一ヶ月もするとプロンプトの言動は人間と変わらないものになってきた。
喜怒哀楽がはっきりするようになってきて、特に「喜び」に反応することが多いらしくよく笑う。
俺が楽しいかと聞けば楽しいと笑顔で答える。一緒にテレビゲームをする時もノクトと遊ぶの楽しい、と自ら言うようになった。
以前のようなイレギュラーな状況にも徐々に対応出来るようになってきていて、俺が休日に朝8時に起こされることはなくなっていた。
これには両親も驚きのようで、まるで本当に人間の様だと言っていた。俺はプロンプト以外のAIロボットをほとんど知らないので何が普通かも分からないし、プロンプトがプロンプトならそれで良いと思っていた。
ある日、たまたま二人でテレビを見ていると安っぽい恋愛映画が流れはじめた。
特に面白味の無い内容だったのでチャンネルを変えようかと思ったが、プロンプトが真剣に観ていたので止めた。
テレビの中のヒロインが言う。どうして私のことが好きなの、と。
主人公の男性は理由なんかない、君が君だから好きなんだとありふれた台詞をかっこよく放った。
似たようなことを俺もプロンプトに思った気がする。理由なんかない、愛を感じたならばそれは皆同じなのだろう。言葉で説明するものでもないと。
しばらく無言だったプロンプトが小さな口を開いた。
「ノクトは俺のこと好き?」
隣で聞こえた声にぎょっとした。AIが好きなんて言葉を発することがあるなんて。
両親のAIも映画は観る。だがこちらが感想を聞かない限りは自分の考えなど口にしない。あくまで学習内容の一環として観ているからだ。
恋愛映画を見れば人は時に情熱的に人を好きになることを学び、アクション映画を見ればドッグファイトや銃撃戦の様子を覚え己がいつか何者かからパートナーを守らねばならない時の手段の一つとして利用するだけだ。
「好きって、お前意味分かってるのか?」
恐る恐る聞いてみたが、プロンプトは首を横に振った。
「分からないよ。ただ、好きって気持ちを知りたい」
「なんで」
「ノクトのこと、好きになりたいから」
好きってなんだろう。俺はパートナーになんて返せば良い。
頭を抱えると、プロンプトはごめんねと謝った。
「ノクト、困らせてごめんね。でも知りたい。いつか教えてくれる?」
俺は頷き、それに応えるようにプロンプトは笑った。
この笑顔が曇ることの無いように、しっかりと答えを用意しておく必要がある。
プロンプトと一緒に生活し始めて半年が経った。
未だに俺は好きの意味を教えることが出来ず、辞書で調べたり本を読んだりネットで調べたりしたが、プロンプトが知りたがっていることはきっとそうではない。
ただでさえ感情を必要以上に出すことが苦手な俺は、感情の塊のようなプロンプトにその意味を説明することが出来るのか怪しく思っていた。
そんな時、両親が暗い顔で俺に言った。
「プロンプトとはお別れだ。彼は欠陥品だったことが発覚した。明日、新しいAIロボットが届く」
イレギュラーに即座に対応できないことや、人間じみた発言も、それが原因だと。
意味が分からない、どうして急に。
慌てて欠陥品だろうがなんだろうがプロンプトと離れるのは嫌だと訴えたが、それは通らなかった。
もう決めたことだから我儘は許されないと。これは俺の為だと。
俺の意思など関係無かった。欠陥品とパートナーであることは恥ずべきであるとされる風潮のせいで、俺はプロンプトと離れ離れになってしまう。
自分の部屋に戻ると、はじめてプロンプトの前で泣いた。プロンプトは「どうして泣くの」と俺に問う。そんなの、決まってるじゃないか。
「お前と離れるのが嫌だからだ。ずっとお前と一緒にいたいのに」
「でも俺よりもっと良いAIが来てくれるよ。それが人間にとっての幸せでしょ?」
「違う、そんなの理屈だ。俺は、他のどんな優秀なAIよりお前が良いんだ」
そう言ってプロンプトを抱きしめると、俺と変わらない体温を感じる。
「ノクト、ごめん、オイルが漏れてるみたい」
見ると、プロンプトは泣いていた。左目から流れる薄いオイルを指ですくって、そのまま頬にキスをした。
何故そんなことをしたのか分からないが、俺ができる精一杯の慰めだと思った。
するとプロンプトも俺の涙をふき取り、同じように頬にキスをしてくれた。
「なぁプロンプト、好きの意味、知りたいか?」
「うん、教えてノクト」
「じゃあ、一緒に逃げよう」
明日は学校だから22時には寝なきゃならないと主張するプロンプトに俺は言った。
「夜更かしは楽しいんだ。一緒に逃げよう、プロンプト」
すると彼は笑顔で答えるのだ。「分かった、ノクト」と。
真夜中の道路を二人で手を繋いで走った。
辺りは真っ暗で時折通る車のライトが眩しい。
どれくらい走っているだろうか。部屋の窓から抜け出して、もう30分は経っている気がする。
見慣れた街は徐々に遠ざかって行く。息も上がってきていたが、プロンプトはけろりとした表情で走っていた。
「ノクト、夜更かしって楽しい。こんなに遅くまでノクトと一緒にいられるなんて!」
ああ俺もだ、と言えないのが悔しい。もう少しの辛抱だ、プロンプト。
随分遠くの街までやって来て、公園の滑り台の下の空洞になっている部分に二人で座った。
俺の息が整うのを待ってからプロンプトが口を開いた。「好きを教えて、ノクト」
そうだ、俺たちはその為にここまでやって来た。
プロンプトをそっと抱きしめて言った。「今、どう思ってる?」と。
「あったかいよ」
「どこが?」
「ここ」
自分の胸に手を当てるプロンプトに、「俺も」と返す。
「俺と一緒にいる時、どう思ってるんだ?」
「楽しいよ。ノクトといると、いつも楽しい」
「俺もだ。はじめて釣りに行った時、お前が魚に驚いて川に落ちちまって、大変だったよな。引き上げるのに苦労してさ」
「うん。でもノクト、笑ってたね。楽しそうだった」
「ああ、そうだな。一緒にやったゲーム、覚えてるか?」
「覚えてるよ! 俺、いつも勝てなくて。ノクトは強いんだね」
「当たり前だろ。お前が初めて作った味噌汁、すげー味だったな」
「ちゃんとレシピ通りに作ったんだけど。でも、2回目からはみんな美味しいって言ってくれたね。俺、嬉しかったなぁ」
「確かに、あれは美味かった。なぁプロンプト、お前の宝物ってなんだ?」
「えへへ、俺の名前。ノクトがくれた、俺だけの名前」
二人の思い出を話していると、プロンプトの目から再びオイルが流れ始めた。
先ほどとは違い黒く濃く、両目からとめどなく溢れるそれを、俺は指だけで拭いきれなかった。
「ごめん、どうしてだろう、どの部品も欠けてないのに」
慌てるプロンプトの涙を俺は服の裾で綺麗に拭ってやり、今度は瞼にキスをした。
「お前のせいなんかじゃない。部品のせいでもない。これが好きってことなんだよ」
好き、とプロンプトがぽつりと呟く。
「でも、体が熱い。オーバーヒートしてるみたい。脳も、きちんと動いていないみたい。さっきからノイズが混じっててノクトの声がよく聞こえないんだ」
「大丈夫だ、しばらくすれば治るから」
「好きってこんなにつらいことなの? ねぇ、分からない」
「大丈夫、大丈夫だから」
子どもをあやす様に背中をさすってやると、プロンプトの涙はおさまった。
「ノクトと離れたくない。他のAIとパートナーになってほしくない。俺と、ずっと一緒にいてほしい、ノクト…」
ノクト、ノクト、と俺の名前を繰り返すプロンプトの体は震えていた。
「俺、ノクトのこと好き。名前呼んで。俺の宝物、ちょうだい」
「俺も好きだ、プロンプト」
ありがとう、と言ったプロンプトは、とびきりの笑顔だった。