ぼくたちに明日はない

 きっと、気が緩んでいたのだと思う。
 慣れた頃が一番危ないとはよく言ったものだが、どうしてもっとその言葉を頭に刻んでおかなかったのだろうと、この後僕は後悔をする。

 目の前に振りかざされた、鋭い爪の生えた魔物の大きな手。それが見えた時、これはもう避けられないと理解して、僕はそれを大人しく喰らった直後に切り返すつもりだった。
 だけれど、自分の名前を叫ばれたかと思うと突然横から何かに吹き飛ばされた。そして次の瞬間には、視線の端っこで自分の代わりに魔物の攻撃を受けている青髪の青年が見えてしまった。
 ――カミュ。彼の名前を呼ぶ前には身体が動いており、両手が痛むほど大剣の柄を強く握る。気が付けば血にまみれた魔物が目の前で事切れていて、肩で息をしながら傍らで膝をついていた青年のもとへと駆け寄った。

「カミュ、ごめん、ぼくのせいで」
 血と汗と草のにおいが脳を巡って、全く冷静になれない。カミュは地面に倒れた魔物とこちらを交互に見やると、黙ったまま足元を払いながら何でもない様に立ち上がった。動いて大丈夫なのかと心配になり手を貸そうとしたが、あっさり振り払われてしまった。
「謝るな、こういうこともあるだろ」
「だからって僕なんかを庇うことない」
「あのさ。それ、やめろ」
 え、と言葉を飲む。傷を負った腹を気にかけながら、カミュがため息をついた。
「僕『なんか』って言うの。勇者様を庇ったオレが馬鹿みてーじゃん」
「……そんな、つもりは」
 舌がうまく回らず、続きを言えないまま黙ってしまう。
「もう、いいから」
 カミュは僕の肩を軽く叩くと、すたすたと前を歩いて行ってしまった。

 
 軽い傷は手持ちのやくそうでなんとかなるとは言え、カミュの傷のことがずっと心配だった。
 なにせ近くに町も無ければ、回復手段も大して持ち合わせてはいない。男二人の旅路はなかなか厳しい。カミュがいなければ、僕は今頃……なんて、恐ろしいことを考えながら前を歩く頼もしい青年の背中を見つめる。
 あれから、カミュとは一言も交わしてはいない。もともとお互い口数が多い方ではないが、先程のこともありなんとなく気まずさを感じていた。
 何か声をかけようかと思った矢先、カミュが先に「あっ」と口を開けた。
 彼の視線の先には女神像と焚火跡が見えた。助かったと胸を撫でおろし、すかさずカミュに「よかった」と声をかける。だが、帰ってきたのは「ああ」と素っ気無い一言だけだった。

 陽が落ち辺りがすっかり暗くなった頃、食事もそこそこに寝支度も終わっていた。食事中も口数は少なく、簡素な食事はなかなか喉を通らなかった。
 食後に焚火の近くで大きな丸太の上に腰かけているカミュの床に座り、僕は弱々しい声で彼に話しかけた。
「あの、カミュ……その、僕やっぱり謝りたいんだ」
 ちらりと視線を横にやると、カミュはナイフを磨きながら再びため息をついた。
「お前もしつこいな。もういいって言っただろ」
「だけど、僕のせいでカミュが危ない目に合うのも傷つくのも嫌だ。カミュじゃなくたって嫌だ。僕は……」
 膝の上で両手を組み、焚火の炎で揺れる影を追う。ぱちぱちとなる小さな音が、今のこの空間では救いだった。
 何か話してほしくて、少しカミュへと距離を詰める。するとカミュはすぅ、と深く息を吸ったかと思えば、静かに夜空を仰いだ。
「――物事には、優先順位ってものがあってさ」
 まるで天気の話でもするみたいに、カミュは淡々と話し続ける。
「例えばオレ達のどちらかが死んじまうって時、どっちが生き残った方がいいと思う?」
「そんなの」
「お前は答えなんてないと思ってるだろ」
 言い当てられてしまい、思わず口を噤む。カミュはと言えばしてやったりと言わんばかりに意地悪そうな顔をして、目を細めていた。
「ちゃんと答えはある」
 その続きを、言わないで欲しい。
「お前だよ、勇者様」
 
 
 涙の原理なんて、誰も教えてくれなかった。
 痛くて熱い両の目から溢れて止まらない悲しみを受け止めてくれるものが無くて、片手で必死に拭おうとするが全く意味をなしていない。止め方を知らない。カミュなら知っているのだろうか。
 そのカミュは突然泣き始めた僕の姿にぎょっとしながら、目をぱちぱちと瞬きさせていた。
「かみゅ、言ったよね。僕に、僕『なんか』って言うなって……」
 鼻をすすりながら声を絞り出すと。カミュは小さく頷いた。
「カミュ、も……言わないでくれ。そんな、こと。どちらかが犠牲になるとか、二度と。僕の前で」
「ああ……悪かったよ、勇者様」
「それも、やめて」
 何がと言いたそうなカミュを見て、気が付けば彼を抱きしめていた。
「勇者って、呼ぶの。カミュは勇者じゃなくて、僕と一緒にいるんだから」
 悪魔の子と呼ばれ故郷を失ったと同時に名前まで失ったような気がしていた。勇者を知る人物はいたとしても、イシの村のイレブンを知る者は、もういないのだ。
 
 カミュは抵抗することなく大人しく僕の腕の中に収まっている。徐々に涙も引き、彼の首筋に鼻を寄せるように身体を密着させた。
 他人のぬくもりなんて久しぶりで、そろそろ離さなければならないのに動けない。それに気が付いてか、カミュはぽんぽんと僕の頭を優しく撫でてくれた。
「悪かったよ。別に、オレだってタダで死のうなんて思ってない」
「だったら、なんで」
「お前は甘いから。いざって時には覚悟がいることぐらい知っとかなきゃならないだろ」
 彼の言う「いざって時」のことなんて考えたくなかった。
「オレにもお前にもやらなきゃならないことがある。どっちも叶えたいが、どうしてもそう上手くいかない時もあるんだよ。お前だって分かってるだろ」
 まるで子守歌でも歌っているかのように優しい声色でぞっとする。僕の背を撫でながら、彼は結局のところ自分を犠牲にする道が近道だと言おうとしている気がした。

「カミュは、ひどい人だ……」
 顔を上げれば、彼は困ったようにくしゃりと笑っていた。
「僕にはもう、君だけなのに」
「……それは、可哀想だな」
 ほんの一瞬だけ、彼の目の奥が寂しそうに揺れた気がした。
「慰めてやろうか」
 悪戯のような、善意の様な、揶揄っているような。捉えようのない言葉が、まるで悪魔のささやきの様だった。
 ゆっくりと頷けば、カミュは「本当に可哀想なやつ」と笑った。

 * * * * * * * * * * * *

 可哀想だと思った男全員に、彼はこんなことをしているのだろうか。
 あの後、静かに手を引かれてテントの中に連れて行かれいきなり押し倒されてしまったかと思えば、カミュは慣れた動作で僕の上に跨ってきた。
「あの、カミュ」
 どうすればいいのか分からず戸惑っていると、カミュは胸元の紐を緩めながら優しく微笑んだ。
「甘ちゃんで意気地のない勇者様。いや、イレブン。お前が泣きついて来た男がどんな奴か教えてやるよ」
 するりと太ももを撫でられ意味も分からないまま反応してしまっている箇所に、彼が形をなぞる様に触れる。思わず反応すると「お前のそういうかわいいところ好きだよ」なんて、本意なのかどうか分からない戯言を囁かれた。
「お前はオレを大事にしようとしてくれてるよな。そんなこと分かってるんだよ。だけど」
 カミュは自分の体制を変えながら、下着ごと勢いよく僕の服を下に引っ張った。その衝撃で彼に触れられていたものが呆気なく晒される。いくら辺りは暗いとはいえ、あまりの恥ずかしさに流石にを止めようと思うのにまるで金縛りにでもあったかのように身体が動かない。
「オレって、お前にそう思われるほど真面目でも綺麗でもないんだよ」
 彼が僕の太ももに顔を近づけたかと思うと、食べ物を含んでいるところしか見たことない小さな口が、そのままぱくりとそれを咥えてしまった。
「え、ぁっちょ……か、みゅ」
「はは。情けねー声」
 舌ったらずな声でもごもごと喋りながら、カミュは一心に咥えたまま離さない。時折先端を吸われたり舌でなぞられたりして、たまらず声が溢れてしまう。
 じゅう、と吸われる音と彼の口から洩れる音が聞こえてこれは夢だと自分に言い聞かせるが、夢にしては感覚がはっきりとしている。中心に熱が集まり、彼の髪を掴み話そうとするが一向に離れようとしない。
 普段はナイフを握る両手が視線の先で口に合わせて上下に動いている。互いの息があって来て、限界が近いのが分かった。
「かみゅ、も、ほんとうに離れて」
 言えば、カミュは一瞬だけこちらに視線を向け、確かに小さく「よわむし」と囁いた。
 その瞬間一層強く吸われて、僕はと言えばそのまま彼の口の中で呆気なく果ててしまった。

「ぅ、ごめん……」
 カミュが喉を上下させて口元を拭う姿を見て、僕は功を垂れる他なかった。
「謝んなよ」
 「だって」と返した口を、同じものでカミュに塞がれた。さっきまで彼が口の含んでいたものを思い返すが全く気にならないのは不思議だった。
「もうちょっと付き合ってもらうんだから」
 いつの間にか自分も下を脱いでいたカミュが、再び僕の上に跨ってきた。その姿を見てさっき果てたばかりだと言うのに再び中心に熱が集まってきたのが分かる。
 紐が解け露わになった彼の胸元が目の前にあり、ついじっと眺めてしまう。その視線に気が付いたカミュが「好きに触っていい」なんて言うものだから、その言葉に甘えて服の中に手を滑り込ませた。
「すけべだなぁ、勇者様は」
 どこか楽しそうな声とは裏腹に、指先でつんと立った箇所を刺激すればしっかりと反応があった。指の腹で撫でるように触れると「んっ」と小さく声が漏れるので、つい夢中になってしまった。
「男のなんて、触ったって面白くねぇだろ」
「男とか関係ないよ。カミュだから触りたい」
 恥ずかしいことを言ってしまった自覚はある。だけど本心なのだから仕方がない。
「そう言ってくれるのは良いんだけどよ、ちょっと物足りねえな」
 つんと肩を押されて寝転ぶと、カミュが息を吐きながら僕の腹に手をついて腰を落とし、ゆっくりと屹立を飲み込んでいく。こちらからは結合部が丸見えで、顔が熱くてたまらなかった。
「ん。思ったより、きつい、な?」
 こんな状態なのにまるで子猫にでも微笑むかのように優しい表情で勇者に問いかえるカミュの姿が信じられなくて、すっかり固まってしまった。
「お前はそのまま、じっとしてろ……」
 黙ったままの勇者を見かねてか、カミュは一息つくとゆるゆると腰を上下に振り始めた。
「あッあ、ぁ、んっ」
 ぱちゅんぱちゅんと肌がぶつかる音が響く。彼が上下するたびに吸い尽くされるようで、もっと欲しいと息が上がった。
「イレブンは、こんなのはじめてだろ。頭ン中、真っ白にしてやるから」
 ナカを締め付けならが「きもちいーか……?」なんて動きながら問いかけてくるカミュに、勇者は静かに生唾を飲む。頷く代わりに下から突き上げてやると、ひと際高い声があがって胸の奥がきゅうと苦しくなった。
「そこ、やめ、あ、ァっあン、ッあ!」
(とけそう、だ)
 カミュの反応がいい場所を狙って動く。再び果てそうなのを堪えて二人して夢中で行為に溺れた。突き上げる度にカミュが甘い声を出すので、勇者の頭は彼に言われた通り真っ白になっていった。
「カミュ、名前呼んで」
「え、ぁ」
「はやく」
 急かす様に言えば、カミュはうわ言のように「イレブン、イレブン」と繰り返してくれる。
「いれぶん、イって、いーから。ぜんぶ、だしていいから、ぁ」
 苦しそうな声も必死に訴えてくる視線も全部ひとり占めしながら、勇者はカミュという男を見つめる。どうして、僕にここまでしてくれるのだろう。
「ごめ、かみゅ……あ、あ」
 抑えきれなくて、とうとう彼のナカで果ててしまった。同時にカミュも吐き出しているのを見て、勇者は上半身を起こし繋がったままの身体を抱き寄せた。
 すると彼も抱き返してくれて、じわじわと目の奥が熱くなる。

「あのさ、イレブン」
 なに、と返そうとした声はカミュの口に塞がれた。
「……いや、なんでもない」
 これは、きっと長い夢に違いなかった。