「付き合ってほしい」
長年この幼馴染兼ライバルとともに過ごし、多少なりとも相手の考えは分かるようになったと思っていた。
だが、姿を消したかと思えば突然帰って来て、挙句の果てにいきなり切り出された台詞になんと返事をしたものか分かりかねた俺は、ひたすらに思考を巡らせた。
(付き合って、ってなんだよ)
そこで俺は閃いた。なるほど、と指を鳴らすと目の前のレッドはきょとんと目を丸くする。
「レッド、一人で買い物するのが不安なんだろ?前にタマムシに行きたいって言ってたもんな!」
俺様が付き合ってやるから安心しろよ、と肩を叩けばレッドは一瞬だけ戸惑ったような表情になり、次の瞬間にはふわりと笑って頷いていた。
二人でひとしきりタマムシを楽しみそろそろ帰ろうかという時、レッドに服の裾を掴まれた。
「今日、グリーンの家に行っていい?」
俺は今、トキワに部屋を借りて暮らしている。たまにレッドが顔を出してきたときは泊めてやることもあった。
「何を今更。どうせ最初からそのつもりだったんだろ?」
「うん、まあそうなんだけど」
どうにも歯切れの悪い目の前の男に詰め寄ると、すぐさま視線を逸らされた。なんなんだよ、本当に。
トキワの自宅前まで戻ってきたところで、レッドにまた服の裾を掴まれる。
「ねえ、手を握ってもいい?」
今、ここで?なんで?どこか様子のおかしい幼馴染だが、レッドは言葉が足らないだけできっと何かを伝えたいのだろう。
自宅のドアに鍵を挿したまま固まってしまっている俺をレッドがじっと見ている。人の視線で体に穴があきそうと思ったのは生まれて初めてのことだった。
視線に耐えかねた俺はとりあえず中途半端だった鍵を開けて玄関までレッドを引っ張った。そのまま後ろ手にドアを閉め彼の要望のまま手を握ると思った以上に恥ずかしくて、他人と手を繋ぐのなんて何年ぶりだろうなんて考えていた。
「グリーンの手、あつい」
「お前もだろ…」
他愛のない会話だ、何も気にすることなんてない。そう自分に言い聞かせて、俺は名残惜しさを感じさせぬようレッドから手を離した。
「グリーン」
「今度はなんだ」
レッドからこんなにお願い事をされるのは珍しい。ここまで来たら最後まで付き合ってやろうと思った。
「キスしてもいい?」
予想だにしていなかったお願いに、俺の思考は完全に停止していた。ソファに腰かけていた体は動かないし、気が付いたら視界いっぱいにレッドがいるし、背もたれの両脇に手を突かれて逃げられなくされているし、それでも俺は冷静だった。
(こいつが少しずれてるのは今にはじまったことじゃない。何か理由があるはずだ)
そうか、と一つの答えが導き出され俺はやっとの思いで動かした腕でレッドの肩を押す。
「お前、好きなやつがいるんだろ」
訊けばレッドは「え?」と呟き瞬きを数回繰り返した後、少し間をおいて頷いた。
「やっぱりな、それで今日変なお願いしてきたわけだ。俺を練習台にするために」
レッドは誰か(きっと俺の知らない人)に恋をして、でも恋愛経験の少なさからどうして良いか分からず俺を頼ってきたわけだ。「付き合って欲しい」も「手を握りたい」も「キスをしたい」も、その“誰か”と俺を重ねているんだ。
そう考えればすべて合点がいく。なのに、それに気が付いた時、どうしてか胸の奥に穴があいたように苦しくなってしまった。
「残念だったな、お前の恋路は応援したいが流石にそこまでは付き合ってやれな」
い、と言い切るまでレッドが俺の肩に額を載せてため息をついた。
「さっきから何を考えているのか知らないけど、確かに好きな人はいるよ」
「やっぱりな!」
「その人、すっごく鈍くて、全然伝わらなくて」
「やめとけそんな奴」
「でも、いつもかっこよくて、きれいで、たまに子どもみたいに笑うかわいい人なんだ」
なんだか面白くない、と天井を仰ぐと顔を上げたレッドの手が頬に添えられた。
「僕は、そんな君が好きなんだ」