ああ、くそ。全くツイてない。
先程までは晴天だったはずの青空から突然振り出した雨に、グリーンは顔を顰める。
両手で雨から頭を守ろうとするが追いつくわけも無く、全身がどんどん濡れていく。
水を含んだ服は重く張り付いて深いだ。はやくどこかで雨をしのぎたい。
ただ運が悪く森の中を歩いたため建物があるはずもなく、とにかくグリーンはこの雨の中歩き回るしかなかった。
と、その時。少し開けた場所に出たかと思ったら一つの洞窟が目に入った。
(良かった、助かった)
慌てて洞窟の中に入り、荷物と地面に降ろす。
濡れ鼠になってしまった体をどうにかする為に火を起こそうとした時に、少し奥からがさがさと物音がした。
そこでグリーンはやっと気が付いた、この洞窟に先客がいたことに。
「誰か、いるのか?」
ポケモンか、それとも人間か。咄嗟に手持ちのボールに手を添えるが、それも杞憂に終わる。
何故なら、そこにいたのは見知った顔だったからだ。
「…レッド?」
名前を呼べば、相手はばつがわるそうに交わった視線をずらした。
レッドも雨にあったのか、前髪や服がしっとりと濡れている。
「なんだ、お前か。脅かすなよ」
普段かぶっている帽子を脱いでいるせいかいつもと少しだけ別人に思える幼馴染は、ゆっくりと立ち上がるとこちらに近づいて来た。
「驚いたのはこっちだよ。なんでグリーンがこんなところに…」
「雨宿りに決まってるだろ。あーあ、こんな狭い洞窟じゃなけりゃバトルしたのに!」
グリーンは面白くなさそうに吐き捨てると自分の荷物を漁りはじめた。
「何してるの?」
レッドは荷物を漁るグリーンの様子を不思議そうに窺う。
「火を起こすんだよ。このままだとオレもお前も風邪ひいて、旅どころじゃなくなるぞ」
「それもそうか」
グリーンが火を起こす様子を一通り眺めてたレッドは、洞窟の中でゆらゆら燃える焚き木の炎にあたるグリーンの横に座った。
「あったかい。ありがとう、グリーン」
「別に、オレが自分の為ににしただけだし…まあ、お前に風邪ひかれても困るしな」
まったくレッドは手がかかるから困るな、と意地悪そうに笑うグリーンの横顔が、レッドは好きだった。
そう言えば旅に出る前はいつも傍にいたのに、マサラタウンを出てからというものバトル以外でグリーンと顔を合わせることは減ってしまったことに気が付いた。
あの狭い田舎町ではいつも一緒だったのに、広い世界に出てみればすぐ傍にいた幼馴染はあっという間に遠くへと行ってしまった。
だから、バトルもしないのにただ横に座っているだけ、なんて時間がとても貴重に思えて、レッドはグリーンとの距離を詰める。
「なんだ、寒いのかよ?」
レッドの意図に気が付かないグリーンは不思議そうに顔を傾げ、レッドはそんな彼の目を見つめた。揺れる炎が映っていて綺麗だ、なんて、考えながら。
「それにしても、雨ぜんぜん止まないな」
そうぼやきつつ、つまらなさそうに近くに落ちていた小石を拾っては投げるグリーンを横目に、レッドも口を開く。
「うん…でも僕、雨って嫌いじゃない」
「なんでだよ、足止めくらうんだぞ」
レッドは無意識に両膝を抱え、燃え続ける焚き木へと視線を移す。
「だって、雨のおかげでグリーンが遠くに行かない。いつもバトルが終わったらすぐどこかに行っちゃうし」
言ってしまってから、レッドは後悔した。自分は何を言っているのだろう、と。
ちらりと隣へ視線を流す。グリーンは口の端を上げ、にまにまと目を細めていた。
「なあんだ、レッドくんは寂しかったんだ?」
おこちゃまだな!と指でつんと肩を押され、レッドは膝へを顔を押し付ける。
何も言い返すことが出来ず、グリーンも黙ってしまう。
沈黙が流れる中雨の音は次第にやんでいき、二人は自然と外へと目をやった。
「やっと晴れたな!」
グリーンは立ち上がると焚き木を消し、真っ先に外へと駆けて行った。
それを追うようにレッドも外へと出ると、空を覆っていた雲は消え太陽の光が辺りを照らしていた。
「はあー、これでなんとか今日中には次の街に行けるかな」
「え、もう行っちゃうの?」
当たり前のことだと分かっているのに、レッドは寂しさからつい引き留めようとグリーンの腕を掴む。
「当たり前だろ。こんなところで立ち止まってなんかいられないからな!」
勢いよく腕を振り払われ肩を落とすレッドに、グリーンは溜息をついた。
あからさまに落ち込んだ様子を見せる目の前のライバルへ向ける感情は情けなさか、同情か、はたまたその逆か。
「とにかく、オレはもう行くから。お前もぼさっとしてんなよな」
荷物を取りに洞窟の中へと戻るグリーンの背を追い、レッドもその後へと続く。
先程まで炎が揺れていた焚き木の跡を見て、レッドは胸の奥がもやもやとするのを感じた。
(僕ばかり、こんな気持ちで)
どうやら荷物をまとめ終えたらしくレッドの肩をぽんと叩いたグリーンは、いつものように不安なんて感じさせない笑顔だった。
「それじゃ、先に行くか…」
ら、と言い終える前にレッドがグリーンの腕を再び掴んだ。今度は振り払われないように力強く、だけど痛みで声を上げられない程度に。
「レ、レッド?」
動揺からかこちらを見ているはずの目線が揺れているグリーンを見て、レッドの頭の中は黒いものが流れた。
「グリーン、先に言っておくけど僕は謝らないから」
「は、何言って」
続きは聞こえなかった。というより、言わせなかった、という方が正しいのかもしれない。
口を塞がれ、紡がれるはずだった言葉は音になる前にレッドが受け取ってしまいグリーンは困惑した。
口内に侵入する異物感から頭が真っ白になってしまう。オレ達は今、何をしているんだっけ?
目の前にある幼馴染の顔は何度も見たはずなのに、何故だか知らない人間のようで途端に不安になる。握られた腕へ込められている力が強まったのを感じで、グリーンはやっと自由の効く方の腕を動かした。
苦しい、の意を込めてレッドの背中を叩けばやっと顔が離れていく。互いに乱れた息を整える中で、どうしてこんなことを、なんて聞く余裕はなかった。
完全に固まってしまったグリーンを置いて自分の分の荷物をまとめたレッドが、再び口を開く。
「さっきも言ったけど」
「…なんだよ」
帽子をかぶり直しツバを握るレッドの表情は、分からない。
「僕は、謝らないから」
そう言い残して先に出て行ったレッドを背を見送って、グリーンは先程までレッドに握られていた腕に触れる。
少し赤くなっているそこを撫でてみて、深呼吸をした。
(…こんなところで、こんなことで、オレ達は何も変わらないだろ)
自分にそう言い残して、憎たらしい程に晴れている外へと向かった。