罪と罪と罪を - 1/4

 勇者一行は深刻な問題を抱えていた。今朝辿り着いたばかりの街の食堂では、その問題についてパーティ全員で会議をしている。全員で大きなラウンドデーブルを囲う様に座っており、この話題が出た時からずっと苛立っているベロニカがついに椅子の上に立ち上がった。
「まったくもう、誰かさんがこーんなに装備買ってくるから!」
 ベロニカがバン!と音を立てながらテーブルを叩く。すかさずセーニャが姉を落ち着かせようと試みるが失敗に終わってしまった。

 今抱えている問題というのは旅の資金不足のことだった。
 まず街に着くと、新しい武器や防具などの装備を揃えるのはイレブンの役目だった。他の仲間たちは食料や宿の調達、情報収集を行うのが常だ。今日もイレブンは街に着くなり武器屋を見てくると言ったので、装備品を持ち帰るとなると人手がいるだろうと思ったカミュもイレブンの買い物に付きおうと一緒に武器屋へと向かった。そしてカミュが少し目を離した隙に、イレブンは会計を済ませてしまっていたのだった。
「何を買ったんだ?」
 レジカウンターには大剣やナイフ、杖など様々な武器が並べられていた。カミュはイレブンがこの中のどれを買ったのか分からず訊ねると、イレブンは「ぜんぶ」と答えた。
「は……、……全部?」
「うん、全部」
 にこりとイレブンが笑う。そうか、オレを揶揄っているんだな?とカミュは肘でイレブンを小突く。そんな可愛い顔して騙そうとしても無駄だぞと冗談っぽく言ってみせるが、イレブンは首を傾げるだけだった。その様子を見て、カミュの顔は一気に青くなっていく。大金を手に入れて上機嫌な店主に「返品って出来るのか」と聞いても、腹が立つことに「無理ですね」と一蹴されてしまった。
 先ほどから様子のおかしいカミュにイレブンが心配そうにしているが、その原因をつくったのはお前だと言えず、カミュはイレブンが購入した大量の装備を抱え二人で宿に戻って行った。

 そして、この会議に至る。
 イレブンの武器大人買い事件により、予定していた資金が底をつき今日の宿泊ですらカツカツの状態になってしまっていた。イレブンの言い分としては「みんなが戦闘で不自由をしない様に良い装備を揃えたかった」ということらしい。パーティのリーダーとしてその心意気は素晴らしいものだと思うが、それにしたって限度がある。武器や防具なんかは運が良ければ旅の道中で手に入ることもあるし、全員が常に一番良いものを所持している必要はないのだ。
 だけれどカミュは、そんなことをイレブンには言えなかった。本来ならば相棒として言ってやるべきなのだろう。しかし、テーブルに置かれているイレブンが仲間達の為に選んでくれた新品の武器を見ると何も言えなくなるのだった。

「ちょっと、カミュもなんとか言ってよ!」
 ベロニカの怒りの矛先がカミュへと向かい、全員の視線がこちらへ向かう。こういう時はだいたいカミュの意見を求められる。突き刺さる視線に頭をがしがしを掻きながら、カミュはため息をついた。
「ああ、そうだな……。……なあイレブン、いっぱい買い物する時はちゃんと相談しような?」
「〜〜〜〜〜ッッッだーーー!!!なんでアンタは!そう!いつもいつも!イレブンに甘いのよぉ!!!」
 ベロニカが椅子の上で地団駄を踏む。隣に座っているセーニャはベロニカが椅子から転げ落ちないよう必死に支えていた。
「んなこと言ったって……。今回はオレも着いて行ってたからオレだって同罪だ。イレブンだけの責任じゃねえよ」
 そう言いながら隣に座っているイレブンを見る。会議が始まった時からずっと項垂れていた顔がやっと上を向き、「カミュ……」と小さな声を出していた。そんな暗い顔をしていてほしくなくて、カミュは隣の相棒の肩をぽんと叩く。
「金ならオレがなんとかする。お前らはいつも通り情報収集しててくれよ」
「なんとかって、どうするつもりなのよ……」
 叫び終えて落ち着いたのか、ベロニカは大人しく椅子に座って頬杖をついている。場の空気が静まった瞬間、シルビアが手を合わせ声を上げた。
「カミュちゃんだけに苦労させるなんて出来ないわよぉ。お金のことを二人へ任せっきりにしてたアタシたちだって責任があるんだから、みんなでなんとかしましょ?」
 普段はうるさい程の明るい笑顔が今は救いだった。シルビアが放った言葉に他の者も頷いており、一旦この場は解散となった。

 この町には3日ほど滞在することとなった。元々物資も底を尽きそうだったことと休息も兼ねているので、普段よりも長めに居ることに決めたのはシルビアだった。
 3日間でどれだけのことが出来るかは分からないが、宿を出たカミュは短期間で大金が手に入りそうな仕事を探す。幸いにも大きな街なので人も店も多く、仕事探しに困ることはなさそうだった。街の中に美味い仕事が無ければモンスター討伐でも護衛でも引き受ければいいかと大通りと歩いていると、イレブンが裏路地に入って行くのが見えた。
(あいつ、なんであんな所に……)
 不審に思ったカミュがその背を追いかける。路地の奥まった場所の一角で立ち止まっているイレブンを見つけると、その横に並び声をかけた。
「よっ、こんなところで何やってんだ?」
 イレブンは一瞬だけ驚いたような顔をして、カミュの姿を見ると安心したのかすぐにいつもの穏やかな表情に戻った。
「ああ、カミュ。……やっぱり、すぐに大金を稼ごうと思ったら怪しそうな場所を探すのがいいかなと思って」
 イレブンの視線の先には古びた掲示板があった。定番のモンスター討伐依頼や護衛の他に、何やら怪しそうな内容の依頼内容が書かれているチラシがずらりと並んでいる。
「それでこんな裏路地に来たのか。単純だなぁ……」
 世間知らずなのか天然なのか。はたまたどちらもなのか。カミュは呆れながらイレブンが見ていた薄汚い掲示板に貼られている求人を見る。そこには確かに高額報酬の怪しい日雇いの募集が並んでいるが、こんないかにも危なそうな仕事に手を出していいものか分からない。カミュ個人で旅をしているのであれば喜んで受けるだろうが、このことが知れたら他の仲間たちが黙っていないだろう。
 なんとかそこそこ高額で単発で仲間にも怪しまれず受けられる仕事は無いか探していると、イレブンが「あっ!」と声をあげた。
「見てカミュ、これなら僕もできそうだよ」
 イレブンが指さした求人を見る。そこには『急募!ぱふぱふ屋さんのヘルプ・男性数名募集中!一日からオーケー!制服は店舗支給!報酬10万Gから!(上乗せ有り)』とでかでかと書かれており、カミュは眩暈がしてしまいそうなのを堪えながらこめかみに手を当てた。
「ぱふぱふ屋さんって前に一度行ったけどマッサージ屋さんだったよね。準備もいらないみたいだし一日だけで良さそうだし、どうかな?」
 そんな、きらきらした目をこちらに向けないでほしい。その純粋さが魅力の勇者にこんな汚れた仕事をさせるわけにはいかず、カミュはイレブンの両肩に手を置きこちらを向かせた。
「……あのなあ、イレブン。こんないかにも怪しい薄暗い場所で出してるような求人だぞ、書いてるままの安全な仕事なわけねえだろ。そもそもぱふぱふ屋の癖に男を募集してるってことは……」
「ことは、なに?」
 汚い路地裏に光が差している。眩しい顔に目を反らすと、カミュは決意した様にその怪しい広告を手に取った。
 明らかに“そっち向け”の求人によくよく目を通してみる。報酬の下に小さく『疲れたお客様を癒すだけの簡単なお仕事です』と書かれており、なんとなく仕事内容に予想がついた。あとは紙の端っこに描かれたいっかくうさぎの絵が気になるところだが、その真意は分からない。
 だが、その内容さえクリアしてしまえば確かにおいしい仕事であることに変わりはない。たかだか数時間の拘束で下で10万G、さらには仕事の出来具合によっては上乗せもあるという。どうやらこの仕事を受けるには簡単な面接があるらしく、そこで詳しく話を聞いてからなら受けてもいいかもしれない。
「……なんでもねえ。とりあえず、これはオレがやる。お前は別の仕事を探してろ。もっとお前向きの……大通りにある求人を見に行こうぜ」
「う、うん……?」
 カミュはイレブンの腕を引くと、明るい大通りへと向かって歩き出した。一刻も早く、こんな場所からイレブンを連れ出したかった。

 * * * * * * *

 一度昼食を取るために宿へ戻ったカミュは、例の怪しい求人をどうするべきか悩んでいた。イレブンはタイミング良くモンスター討伐依頼を見つけたようで、セーニャとベロニカを連れて行ったようだ。残ったシルビア達は情報収集と残ったアイテムのやり繰りや物資の整理をしてくれている。
 カミュはイレブン達に「いい仕事を見つけた」とだけ適当に伝え、面接へと向かうことにした。

 チラシに描かれていた大通りから外れた薄暗い路地裏を進んでいくと、外観は普通の酒場と変わらない店を見つけた。裏口へ向かいノックすればすぐに扉が開き、店主らしき男が顔を出す。
「そこの求人を見てきた」
 要件を伝えると、男は頭からつま先まで舐めるようにカミュを見た。すると顎で「入れ」と合図して店の奥へと引っ込んだので、その後に続く様に足を踏み入れる。
 男と向かい合う様に座ると、カミュはいくつか質問をされた。徐々に本題に入って行くと「男との経験はあるか」と率直に訊かれ、狼狽えながらも小さく頷く。それを聞いた店主は「合格だ」と言い、支給の制服が入っているらしい紙袋を手渡された。
「開店は22時から。報酬は閉店後にその場で支払う。基本的に客の言う事はなんでも聞け。ああ、本番は基本は禁止の店だから安心しな。あんたの体格なら大丈夫だと思うが、制服は試着しておいてくれ」
「ああ、分かった。ところで……基本は、というのは?」
「まあ、言えないルールってのもあるのさ」
 それを聞かされて安心なんて出来るかと思ったが、何も言わず紙袋を受け取る。中身を見てげんなりしたが、やはりこういうことかと納得できた。求人広告にいっかくうさぎの絵が描かれていたことも合点がいく。
 さて帰ろうかと立ち上がった時、店主が「それと」と付け加えてきた。
「この酒場は二階が宿になっている。閉店後は客に気に入られれば……上に行って続きをしてもらってもかまわない」
 にやりと浮かべられた嫌な笑顔に背筋が凍ってしまいそうになる。誰が行くものかとカミュはその言葉を無視し、店を後にした。
 
 宿屋のイレブンとの相部屋に戻ったカミュは、まだ他の仲間達が戻ってきていないことに安堵しつつ渡された制服を試着してみることにした。
 取り出した“制服”は、マルティナが持っているバニースーツによく似ていた。真っ白なうさみみバンドと露出が高くお尻にはふわふわなうさぎのしっぽがついている黒いスーツに黒のハイヒール。そしてリボンが付いたつけ襟と意味があるのか無いのか分からないカフスにと、なかなかにしっかりと用意されていた。しかしマルティナのバニースーツに似てはいるが、あれよりも更に露出が高い。見慣れたバニースーツのような付属のジャケットは無く、胸元はほぼ空いている。とにかく一度着てみようと意を決したカミュは、身に着けているものをするりと落としていった。
 実際に着てみると、予想通りかなり際どい作りだった。不思議な素材感の衣装は魔法でもかけられているのかカミュの肌にぴたりと張り付き、胸や尻に食い込むので体のラインがはっきりと出てしまう。全体的にしっかりとした布地ではあるが、どちらかと言えば服というよりも水着のような薄さなので簡単にどころかしこもズラせるようにしてあるようだ。下半身部分は特に伸縮性があり、少し引っ張るだけで予想以上に伸びる。これらの仕様から衣装の目的が分かってしまい、ため息が出そうになる。
 こんな格好で接客をしなければならないのかと少し気が重くなるが、金のためには仕方がない。ひとまず着られることは確認できたので脱いでしまおうとした時、ドアが開く音がしてカミュは文字通り固まってしまった。
「カミュ先に帰ってたんだね!ほら、多くはないけど報酬ももらえて……って……」
 荷物の落ちる音が聞こえて振り返ると、そこには後ろ手にドアを閉めて口を開けたまま突っ立っているイレブンがいた。
 カミュは胸元を隠しつつ何か言い訳を考えるが何も浮かばない。こちらがもたもたしている内に、イレブンは床に座り込んでしまっていた。