カミュ。どうやらそれが自分の名前であることだけは憶えている。あとは、そう……何か大事な、やらなければならないことがあった、ということ。
空腹に耐えきれず忍び込んだ船では、運良く自分のことを知っている人達と出会うことができた。彼らがどんな人物なのかは一切分からないが、過去を思い出せない今の状況となっては記憶を失う以前のオレのことを知っている人に着いて行くことが得策であるだろう。幸いにもオレのことはあたたかく迎え入れてくれたし、戦闘の役には立てないかもしれないがそれ以外で賄えばきっと問題ないはずだ。
個性豊かなパーティの中で恐らくオレと年の近いイレブンさんは、勇者と呼ばれていた。めちゃくちゃになっているこの世界をどうにかするらしい。しかもその旅にオレは彼の相棒として同行していたらしい。
……誰か嘘だと言ってくれ。だって、そんなことがあるはずがない。そもそも、そんなことが人間にできるのだろうか。
だけれど確かに、イレブンさんからは何か特別なものを感じることが出来る。この人と一緒に居れば失った記憶を取り戻せるような、成し遂げなければならない何かを達成できるような、そんな気がした。
そんなすごい人であるイレブンさんは、話を聞いているとオレより3つも年下らしい。驚いたと素直に伝えれば、イレブンさんは恥ずかしそうに「カミュに言われると照れるな」とはにかんだ。その笑顔は年相応だったのに、戦闘中に見るイレブンさんは勇ましい。その姿にオレは、つい目を奪われることがあった。
記憶を失っているからか明らかに足手まといになっているオレに対して、まわりの人達は皆優しかった。だからこそ一刻も早く記憶を取り戻したい。皆の役に立ちたかった。
とりあえず過去の自分の話を聞けば何か思い出せるかと思ったが、誰の話を聞いてもいまいちピンと来ない。皆が語る「カミュ」という男はどうやら今の自分とは真反対な人間なようで、自分で言うのもおかしな話だが到底同じ人物な気がしなかった。
とりわけオレと仲が良かったのはイレブンさんだそうで、オレが記憶喪失だと知った時もひどくショックを受けたような様子だったのを覚えている。きっとイレブンさんと一番付き合いが長く年齢が近いこともあり、会話するタイミングが多かったのだろう。彼からすれば友人を失ったような感覚なのだろうか。
オレはイレブンさんに悲しい顔をして欲しくなくてどうにか彼の語る「カミュ」に近づこうとしてみたが、どうにも上手くいかない。同じ人間なのにここまで違うことがあるのだろうか。もしかしたら今が本当の自分で、過去の自分が偽物なのかもしれない。そう思うと、心がほんの少しだけ軽くなった。だけど、皆が求めているのはオレではない。それは仕方の無いことだ。
イレブンさんはそんなオレに優しくはしてくれるけれど時折寂しそうな顔をする。きっとオレを通して記憶の中のカミュを見ている。どうしてか、それがひどく胸の奥をざわつかせた。
夜にキャンプ地で食事の準備をしていると、イレブンさんが近づいて来て「カミュの作るごはん久しぶりだな」と微笑んだ。
「オレは以前も料理をしていたんですね」
「うん。二人で旅をしてた時から作ってくれてたよ。僕、カミュの作るごはんが美味しくて好きなんだ」
好き。そう言われてどきりとした。オレではない、彼は目の前のスープに対して言っているのだ。そう自分に言い聞かせ、鍋の中に集中する。
戦闘に参加できない為せめて料理ぐらいは頑張ろうと張り切って準備していたが、先程のイレブンさんの放った「好き」が頭の中で木霊して気が散ってしまう。ああもう、失敗するわけにはいかないのに。
焚火を囲むように置かれている丸太に座っている仲間達へなんとか完成したスープを配り終え、オレは邪魔にならないようキャンプ地の隅っこの方へ移動する。するとイレブンさんが不思議そうにオレの名前を呼んだ。
「カミュなにしてるの、こっちへおいでよ」
イレブンさんは人一人分空いている自分の隣をとんとんと手の平で叩く。他の仲間たちも「あなたの席は決まっている」と言わんばかりにオレとそこを交互に見やる。
一瞬断ろうと思ったがイレブンさんの目が不安そうな色に変わるのが分かり、すぐさまと駆け寄った。
「ごめんなさい、オレなんかが隣で……」
「何言ってるの。いつも隣だったじゃないか」
それが真実かは分からないが、言いながらイレブンさんは困ったように笑っている。
君が隣にいないと落ち着かないんだ。彼にそう言われて、スープの器を持つ手につい力が入ってしまう。耳まで赤くなりそうな程に顔が熱くなり、食欲などどこかへ飛んでしまった。
そんなことを、オレをかき乱す様なことを、簡単に言わないで欲しかった。
今日オレが眠るテントは、イレブンさんと二人きりのようだった。
それに気が付いた時には、あまりの恐れ多さに「二人で使って良いのか」「オレは誰かと代わった方が良いのではないか」と確認したが「大丈夫」とだけ返されてしまった。
寝具の準備をしながら、イレブンさんが振り返る。
「僕がみんなにお願いしたんだ。今日はカミュと話したいから、二人にしてくれないかって」
「そんな、……ごめんなさい」
「なんで謝るのさ。ほら、寝ようよ」
二人で並んで寝そべって、天井を見上げる。二人きりの空間は明かりなど無いので暗く、虫の鳴き声がするだけだった。どうか、心臓の音がうるさいことがイレブンさんにバレませんように。
しばらくの沈黙の後、イレブンさんが顔だけこちらに向けた。
「ねえカミュ、訊きたいことない?」
「え?」
唐突な質問に、思わず間抜けな返事をしてしまう。
「ほら、いつも君の過去の話ばかりしちゃってるから。カミュが気になってることとか、なんでも訊いていいよ」
「……そうですね。じゃあ、オレって家族はいたんでしょうか」
言われた通り気になっていたことを訊ねてみた。ちらりとイレブンさんの横顔を盗み見ると、彼は少し考えるように間をおいて、ゆっくりと口を開いた。
「ごめんね、カミュってあんまり自分のこと話さなかったから知らないんだ。出会ってからのことは、よく知ってるつもりなんだけど……」
これじゃあ相棒失格だね、とイレブンさんが眉を下げる。オレは慌てて否定するように首を振った。
「そんな!話してなかったオレが悪いんですよ……。でも、それじゃあオレは記憶を取り戻しても、……一人ぼっちかも、しれないんですね」
言いながら悲しくなり、それを誤魔化す様にこれから先のことを考えてみる。奇跡的に記憶を取り戻しイレブンさんの旅に同行して世界を救ったとしよう。でも、その後は?
考え始めると止まらなくなり、腕で顔を覆った。もう、自分のことなんてなにも考えたくない。
「カミュ、あのね」
イレブンさんの気配が、吐息がわかる程に近くなる。体の向きを変えて向き合うような体勢になると、すぐそこに彼の顔があった。
「君の記憶が戻らなくても、君に家族がいなくても、寂しい思いなんてさせない。許されるなら、ずっと僕の隣にいてほしいんだ」
駄目かな、と言うイレブンさんの言葉に目の奥が熱くなる。気を抜けば本当に泣いてしまいそうだった。なんでこの人はオレなんかの為に、ここまでしてくれるのだろう。
彼との間柄は相棒だとか親友だとか言われてはいたが、本当にそれだけなのだろうか。ちょっとした期待が芽生え、思わず口元が緩んでしまう。
「ふふ、なんだかプロポーズみたい、ですね?」
「えっ、あ、と……」
先程の言葉に他意など無かったのだろう。イレブンさんは顔を赤くしたり青くしたりを繰り返した後、こほんと小さく咳ばらいをした。
「と、とりあえず。君は何があっても一人ぼっちじゃないってこと、忘れないでいて」
「ありがとうございます……。オレ、ずっと不安でした。自分のこともまわりのことも分からなくて。だから、イレブンさんがいてくれて……あなたがオレを見つけてくれて、本当に良かった」
イレブンさんはオレの言葉に顔を赤くすると、目を細めて頷いた。言葉なんてなくたって、だんだんとこの人の言いたいこと、考えていることが分かるようになってきた。以前のオレも、そうだったのだろうか。
目の前の勇者様には本当に感謝してもしきれない。ぽっかりと空いてしまったオレの大事な部分をすんなり埋めてくれる、不思議な人だ。心を乱される感覚がじんわりと広がる。どうか勘違いであってほしいのに、間違いなくこれは本物だ。オレは、あなたにとって一体……。
「あの、もう一つ訊いてもいいですか?」
「いいよ。なに?」
――オレとイレブンさんは、どんな関係だったんですか。
そう訊こうと口を開けたが、声になる寸前で止めてしまった。
もし、ただの友達だとか、仲間だとか、どういう意味だとか返されたらどうすると言うのだ。オレばかりが気が先走って、余計に迷惑をかけるのではないか――。
迷惑をかけるかもしれない可能性を考え、オレは首を横に振った。
「いえ、やっぱり……なんでもないです。長話しちゃいましたね、明日に備えて寝ましょうか」
イレブンさんを不安にさせないよう出来るだけ自然に笑ってみたが、果たしてうまく出来ていただろうか。
おやすみなさいと一言残して背中を向けるように寝返りを打つ。すると背後からおやすみと聞こえてきて、なんとか誤魔化せたのではないかと悟る。
ごめんなさい、イレブンさん。オレはやっぱりあなたが言うような男なんかじゃない。弱虫で、意気地なしで、なのに抱いてはいけない感情を隠し持っている。こんなオレがあなたの隣にいていいわけがない。
許されるならば、せめてこの旅が終わるまでの間だけは隣に居させて欲しい。その後は、潔く身を引きますから。
* * * * * * * * * *
ある日立ち寄った街で、皆は酒場へと食事へ行くと言う。オレはと言えばその誘いを断り、一人宿屋へ戻っていた。
別に、大勢での食事が嫌だとかではない。ただあの輪の中にいると、自分だけが異端なような気がして居た堪れなくなるのだ。今日は普段以上に散々な日で、戦闘では皆の足を引っ張ることが多かった。
だから、彼らには申し訳ないと思うがオレの知らない「カミュ」の話を今は聞きたくはなかった。オレはここにいるのに、まるで存在していないようだった。歪な関係性を繋ぎとめる鎖になんて、なりたくなかった。
イレブンさんと相部屋だと訊いている部屋に辿り着いた直後、片方のベッドへとばたりと倒れ込んだ。なんだか一気に疲れてしまったようで、どんどん力が抜けていく。
今のところ、記憶が戻る気配がまったくない。このままでは本当にお荷物になってしまう。誰かに気を遣わせるのも、足手まといになるのも嫌だった。だけど、どうしようもない。うっすらと涙が浮かび、鼻をすすって自分を誤魔化す。
こんな状態の自分では誰かと行動を共にした方が良いことは分かってはいるが、もう限界が近かった。頭の中が真っ白になったかと思えば真っ黒になって、霧の晴れない道をずっと歩いているようだ。このもどかしさを理解できるのは自分だけ。思い立ったオレは、なんとかベッドから起き上がると自分の荷物をまとめ、街から出る準備を始めた。
(みなさん、イレブンさん……とても良くしてもらったのに、本当にすみません)
ふと、イレブンさんがオレに言ってくれた言葉を思い出す。ずっとあなたの隣、だなんて。本当にそうなればどんなに幸福なことだろうか。
自分のやらなければならないことも記憶も気がかりではあるが、これ以上誰にも迷惑をかけられない。誰かや何かを犠牲にしながら生きながらえるなんて耐えられない。
そして荷物を抱え部屋を出ようと扉を開けると、目の前には今一番会いたくない人が立っていた。
「なん、で」
予定では、イレブンさんの帰りはもっと遅いはずだった。声をかけても彼は何も言わない。ただオレと手に持っている荷物を見ると何かを察したのか、無言のままオレの手を引いて部屋の中に戻されてしまった。
イレブンさんは扉を閉めると鍵をかけ、先程まで寝転んでいた少しシーツの乱れたベッドにオレを頬り投げた。その衝撃で荷物もシーツの上へと投げ出されてしまい、それに気を取られている内に彼が覆いかぶさってくる。
「いれぶん、さん……」
何か話して、お願いだから。そう目線で訴えるが通じてはいなかった。いや、通じてはいても無視しているのかもしれない。オレが逃げ出そうとしたことなどお見通しなのだろう、怒りを宿した瞳がまっすぐこちらを射抜いている。
その時、はじめて彼を怖いと感じた。恐怖というもの事態は初めてではないが、動けなくなるほどにそれを全身に感じる。どうして、こんなことに。
「様子がおかしかったから心配になって見に来たんだ。なのに、なのに君は……」
ようやくイレブンさんの声を聞けたことに安堵していると、唐突に彼によって口が塞がれた。
息苦しさに身を捩るが、そうしている内にぬるりと彼の舌が口内へ割り入ってくる。
「ふ、ぁッあ、ぅ」
目の前いっぱいに大好きな人の顔がある。なのに、この胸の鼓動は安らぎではなく焦りだ。オレを見ているはずの二つの瞳には、全く知らない人物が映っている。
ようやく解放された時、息苦しさの中で「どうして」と訊いた。あなたは、こんな人じゃないはずだ。
「どうして……。どうして、か。僕の方こそ訊きたいよ」
イレブンさんが自嘲的な口ぶりで言う。きれいな顔なのにどこか歪んでいて、オレがこの人の表情を醜くさせてしまったと涙が出そうになる。
こんな顔をさせたかったわけでは無いのに。オレは、オレは、…………――――。
震える口をやっとの思いで開いて、彼の瞳を見つめる。今その中に映っている男は、どちらのカミュなのだろう。
「……黙って勝手に出て行こうとしたのは、あ、謝ります。でも、でも、おれ……もう、皆に迷惑をかけたくなくて――」
最後まで言いかけたところで彼の手で口を塞がれる。オレの声はもう、イレブンさんに届いていないのかもしれない。
「カミュ、テントで僕に言いかけたことがあったでしょ。聞きたかったことが、あったんだよね?」
イレブンさんは感情の宿っていない表情のまま続ける。光で満ち溢れているような人が影を宿すと、これほどにも変わってしまうのか。
「あれ、答えてあげる。僕と君は、君が思ってるよりももっと深い関係だったよ」
――どうして、オレのことが分かってしまうのだろう。あの時には既に、何を言おうとしていたのかバレていたのだろうか。
羞恥心と恐怖で目が霞む。今だけは視界が歪んでくれて良かったかもしれない。
「驚くと思って何も言わなかったけど、僕の前から消えようとするなら話は別だ。好きだよ、カミュ。大好きだ。君が望むなら何度でも言うよ。君だって、好きだと言ってくれたじゃないか……」
するとイレブンさんは、オレに覆いかぶさったまま泣き崩れてしまった。彼の泣き顔を望んだことなど無かったが、どうしてか、胸の奥が熱くなる。
世界の命運を握る勇者様が、たった一人の無力な男の前で小さな子どものように涙を流している。オレなんかのために。何もできないオレなんかのために。どうして、そこまで……。
そして、答えは決まった。――――オレが、この人を救わなければならない。
「……あの、イレブンさん」
名前を呼ぶと、イレブンさんは泣きじゃくったまま顔をあげた。目と鼻を真っ赤にさせて、オレに向かって縋るような視線を向けている。
その目だ。その目が、オレをおかしくさせる。身体の奥が疼き、無意識に息が荒くなりはじめた。
「あなたとオレは、深い関係だと言いましたよね。それは、つまり、恋人だった……、ということ、でしょうか」
期待と切望を織り交ぜて言えば、彼は無言で小さく頷いた。
ああ、本当に。何がオレとは違う『カミュ』だ。何も変わってなんかいないじゃないか。
願うことはたった一つ。ずっとずっと、オレはそこにいたと言うのに。
「そう、ですか。嬉しいです。オレ、イレブンさんのこと好きです。大好きです。だけどオレは、あなたが想っている『カミュ』じゃない。その人にも取られたくないほど好きなのに。あなたが好きなのは、オレじゃないんですよね……」
イレブンさんはオレの言葉が分からないとても言いたげなように、じっとこちらを見据えている。愛おしい勇者様を落ち着かせたくてサラサラの髪が心地いい頭を撫でると、蕩けた表情で甘えるようにオレの胸元に頬を寄せた。
記憶を失うオレも、こんなことをしていたのだろうか。醜い感情がとめどなくあふれ出し、オレは瞼を伏せた。
「カミュ、お願いだ……どこにも、行かないで、ほしい」
イレブンさんの言葉に全身が痺れそうになる。きゅう、と身体が反応しているのが分かった。
「行きませんよ、どこにも……。イレブンさん、オレ、ひとつだけ我が儘を言ってもいいですか?」
もちろん、という甘い返事と共にイレブンさんは微笑んでいた。
かわいい勇者様をこんな人間にさせたのはオレで、でも、本当は違う人間で。それがどろどろと胸の奥を蝕んでいく。
体を起こしベッドの上でイレブンさんと向き合うように座ると、今度はオレから彼にキスをした。
目の前の愛しい人の顔を両手で包むように支えると、まるで夢でも見ているかのように彼は大人しく応えてくれた。
「イレブンさん、おれ、ずっとあなたの隣にいます。だから、あなたもオレだけのイレブンさんでいてください」
言いながら、今度はオレが彼を押し倒し自分よりも体格のいい身体の上へと跨った。
イレブンさんが困惑したような表情でこちらを見上げている。無理もない。だけどオレは動きを止めなかった。
「オレ、分かるんです。記憶を失う前、きっとオレはあなたを受け入れていましたよね。だから、イレブンさんにもオレを求めてほしい、です」
彼の胸に手をつき、器用に身に着けているものをひとつひとつベッドの下へ落としていく。その様子を眺めているイレブンさんが生唾を飲む。分かりやすい。そんなにも、『オレ』のことが好きだなんて。
全て脱ぎ捨て終わった時にはイレブンさんは顔を真っ赤にして視線を反らしていた。オレたちとの間にどれだけの関係があったまでかは分からないけれど、初心な反応にこちらも釣られそうになってしまう。
「良いんですよ、好きなだけ見てくれて。イレブンさんは、ただそこで見てくれているだけでいいんですから――」
ちょうどシーツの上で散らばっていた荷物の中から体に無害そうな液状の薬を見つけ、それを指に纏わせる。そのまま腰を上げて彼に見せつけるように後ろへ手を這わせ、先程から疼いてしかたがない場所を指で探っていく。液体の力を借りながら隘路を辿る様に壁を押し広げ、漏れる声などお構いなしに行為へと没頭していると好い場所を見つけた。
今のオレになってからはこんなことをしたことが無かったのに、身体が覚えているのか慣れたように手が進んでいく。きっと日常的に行なっていたのだろうと思うと、自分の浅ましさにため息が出た。
「いれぶ、んさんッ、ぁ、あ」
次第に溢れ始める声の中、つい彼の名前を呼んでしまった。まだ、まだ、オレのことを見ていてくれている。
反射的に起きようとするイレブンさんの胸を押し、まだ動かないで、と制止させる。だってこれは、オレの我が儘なのだから。
「……ごめんなさい、イレブンさん。オレで、いっぱい気持ちよくなって、くださいね」
最早何も気にする必要などない。自分をそう言い聞かせて、オレは彼の張り詰めている部分を指でなぞり、前を寛げていった。
「か、みゅ」
こちらに伸ばされた大きな手を掴み、自分の頬へ触れさせる。指先から伝わるものを全て受け取ると、できるだけ柔らかく微笑んで見せた。優しく撫でられると、全身が溶けてしまいそうだ。
「大丈夫です、大丈夫……。あなたはそのままで、いいですから」
彼の下半身から服を剥ぎ取り、勢いよく現れた性器に目を奪われる。見ているだけだったというのに既に先走りで濡れており、嬉しさに目を細めた。
傷つけないように硬くなっている怒張を自分の後ろへと充てがう。先端が触れ、くちゅりと音を立てた。
「イレブンさん、おれはもうどこにも行きません、ずっとあなたの隣にいます。だから、あなたもどこにも行かないで……」
腰を落とし、ずぷずぷと後孔で飲み込んでいく。先端が収まったところでゆるゆると腰を動かし、慣れさせるように動いた。
視界がちかちかする。だけど、身体が勝手に動いて止まらない。オレは、オレの知らない自分が、あなたとこんなことをしていたなんて。
「あ、ぅあ、かみゅ、か、みゅ」
悩まし気な表情でこちらをしっかりと捉えながらも声を抑えきれないのか、イレブンさんはオレにされるがままになっている。
「我慢、しなくていい、ですよ……んっ、いっぱいきもちよくなって、いっぱい声、だしてください、ね」
次第にこちらの好い所に性器が触れ、そこを狙って押しつぶす様に腰を振る。擦れる度にオレも声が我慢できず、自身の先端もどろどろと濡れていった。
いつの間にかナカを暴く屹立が奥へと進んでおり腰が抜けそうになるが、必死に耐えピストンを続ける。
「は、ぁっあ、んッ、きもちいい、ですか……?」
きゅうとナカで性器を締めると、彼の身体の反応が伝わってきた。それにすっかり気を良くしてしまって、オレはだらしなく喜び笑みを浮かべてしまった。
「うれしい……、ん、オレなんかで、ェ、気持ち良くなって、るんですね、は、んあッあ」
汗で顔に張り付く髪をかきあげながら腰の勢いを増していく。肉がぶつかる音が響いて、オレに欲情する声が聞こえて、目の前には愛しい人だけがいて、世界のことなんて頭に入って来なくて、ずっとこのままなら良いのにと願ってしまう。
「かみゅ、もう、ぼく」
イレブンさんの声に、限界が近いことを悟る。それににこりと微笑み、彼の頬をするりと撫でた。
「イっていい、ですよ、あっん、おれ、もイきますから、ぁ……」
ずぷんっと一気に腰を落とす。思ったよりも奥を突き、意識が飛びそうになった。
その直後イレブンさんに腰を抱えられ、下から何度も突きあげられる。もっと、もっとオレを欲しがってください。
「あっあん、ァいれぶん、さんっんぅ、ァあっおれ、おれ、誰にも、おれにも、ぉ、渡したくなんか、ない」
「そんな、の……いつだって、言わなくたって、ぼくは」
「はぁっあッあ、う、ぁあっあん、あッあ!」
一際大きく突かれ、最初よりも質量を増したモノが奥を刺激する。
同時にきゅうと搾り取る様に締めればどくどくとナカに注ぎ込まれる感覚があって、気がつけば自分の先端からも白濁が溢れていた。
今だけは、この瞬間だけは、オレがオレであるような気がした。