夢見るように目覚めて

久しぶりに訪れたトキワシティは、記憶の中とまったく変わっていなかった。
故郷と近い田舎町。そこで暮らす人間は少ないが緑が豊かで、そして、グリーンがいる町だ。

僕はいろんな地方を旅しては、定期的に故郷へ帰るようにしていた。
今日もマサラに帰るついでにグリーンの顔が見られればと思ってトキワジムに寄ってみたが、彼はなにせジムリーダーだ。この一番忙しいであろう真昼間にいくら知った顔でもそう簡単に会えるわけがなかった。
外からちらりとジムの様子を伺い、予想よりジムトレーナー達が慌ただしくしているのを見て何も言わず立ち去った。
別に、グリーンには今すぐ会わなきゃならない理由があるわけではない。ただこの幼馴染は、唯一自分とまともにコミュニケーションが取れる人間であり、いつも新鮮なバトルをしてくれる一流のトレーナーで、そして母を除いて自分の身の心配をしてくれる(本人は認めないが)数少ない人物だ。だから故郷へ帰ってきたときには必ず顔を見せるようにしていた。
それに誰にも話したことはないが、僕は彼に片想いをしていた。
これは一方的な恋だ。気持ちを伝える気も無ければ成就させたいとも思っていない。
だって彼は、グリーンは、僕を親友だと言ってくれた唯一の人物だった。この関係を壊してしまうぐらいなら、胸の奥の恋心など届かなくて良い。
だけど、たまには顔を見て話すぐらいは良いじゃないかと自分に言い聞かせてジムに訪れたわけだが、なかなか上手くはいきそうになかった。
自分の勝手で彼の仕事の邪魔をしたくない。また夕方ごろにでも顔を出してみよう思い、ジムから去ったその足でそのままポケモンセンターへと立ち寄った。


「では、お預かりいたしますね」
手持ちの6匹をポケモンセンターへと預け、皆が回復するまでの暇な時間は散歩でもしようと外へ出た。
特に変わり映えの無い町だから散歩する場所なんで限られてはいるが、自然に囲まれた景色を眺めて歩くのも悪くはない。
そしてトキワの森の入り口辺りまでやって来たところで、近くの草むらの中に何かが動く影を見つけた。

(あれは―――)

ごそごそとと草むらをかき分け現れたのは、ピカチュウだった。
トキワの森には野生のピカチュウが生息している。ここは森から近い場所だから町に迷い込んだのだろうか。
ひょこっと草むらから顔を出したその姿は愛らしく、目を奪われた。自分の手持ちにもピカチュウがいるからか、ついついその挙動を眺めてしまう。
どうやら落ち着かない様子のピカチュウは周囲をきょろきょろと見渡し、そして僕と目が合った。
「あ」
思わず声を出してしまい、ピカチュウは驚いたのか森の方へと駆け出してしまった。

(もっと、眺めたかったな…)
今でこそピカチュウは目にする機会が多くなってはいるが、野生を見たのは久しぶりだった。
森から一匹で出てきたという事は、この近くにはまだ仲間がいるのだろうか。そんなことを考えていたら、気が付けば足が勝手に森の入り口に向かっていた。

これはこの世界に住む人間にとっては常識ではあるが、ポケモンを連れずに森の中へ入るのは非常に危険だ。
トキワの森にはピカチュウは勿論、他の野生ポケモンも多く生息している。トキワの森に入るには、せめて1匹は手持ちがいなければならない。
僕の手持ちは今ポケモンセンターだ。普段ならば、丸腰の状態で森へ足を踏み入れることなど絶対にしない。
だけど何故か僕は、まるで何かに引き寄せられるように森の中へと入ってしまった。


(あれから、どれくらい経っただろう)
森に入ってから一時間は経った気がする。
入り口付近を歩いていたはずが、いつの間にか随分と奥の方までやって来たようだった。
森の中は光が少なく時間の経ち具合が分かりにくい。おまけに道は迷路のようになっているので、自力で抜け出すことも難しい。
穴抜けのひもも使えない不思議な森の中に、手持ちのいない僕は一人取り残されてしまっていた。
「…我ながら、馬鹿なことしてる」
何故、森の中に入ってしまったのだろう。
後悔してもすでに遅いが、何故、何故、と考える頭を止められない。
その内トレーナーと出会ってうまいこと森から脱出できないかと思っていたのに、森に入ってから誰にもすれ違わない。おかしい、普段なら数人は森の中にいるはずなのに。
トレーナーどころか、キャタピーすら姿が見当たらない。いつもと様子の違う森に戸惑いつつ歩き続けていると、突然一匹のピカチュウが目の前に現れた。

(もしかして、森の入り口で見かけた…?)
もしそうであれば、ここは入り口に近いのかもしれない、などと淡い期待を抱いてしまう。
ピカチュウは逃げることなくその場に留まり、じいっとこちらを見つめている。
「ねえ、森の出口まで案内してもらえる?」
通じるのか分からないが、とにかくここから抜け出したい一心でピカチュウに声をかけた。
すると言葉が通じたのかどうかは分からないが、ピカチュウはこちらに向かってタタッと駆け寄ってくる。
そのままぴょんとジャンプしてきたので腕の中に受け止めると、突然視界が暗くなり意識が遠くなっていく。

(あれ…、どうして)

ぐらりと傾く身体。歪む視界。腕の中のあたたかいはずのピカチュウの体温はもう感じられない。
もしかして僕、ここで死ぬのかな。
もしそうであるならば、あの時似合わない気遣いなんかしないでグリーンに会っておけば良かった。
遠くなる意識の中で、最後に見た幼馴染の顔を思い浮かべた。

**********

「―――おい、しっかりしろ!」
聞き覚えのある声に目を覚ました。ぺちぺちと頬を叩かれる感覚でぼやけた視界が徐々にクリアになっていく。
何度か瞬きを繰り返すと、そこには眉を下げ心配そうにこちらを見つめるグリーンの姿があった。

…僕は、助かったんだ。グリーンが僕を見つけてくれたんだ。
何故彼がここにいるのかは分からないが、とにかく見つけてもらえてよかった。
「…無事、なんだな」
倒れている僕を見つけて、よほど心配してくれたのだろうか。胸をなでおろしたグリーンの目の端にうっすらと涙が見えた。
(あれ、なにかがおかしい)
グリーンに触れたくて手を伸ばすのに、どうやっても届かない。
空を切る感覚だけが残り、そしてその違和感の正体を知る。

(なんで……)
僕の両手は、見慣れた自分のそれでは無くなっていた。
小さい手の平、小さな指、その全てが黄色い。
そう、それはまるで。

「お前が無事で良かった、ピカチュウ」
「―――!?」
ピカチュウ。確かにそう呼ばれ慌てて体を起こし、周囲を確認する。両足で立っているはずなのに視界が低い。
目の前に広がるのは倒れた時に見た景色と同じ、トキワの森だ。そして地面に膝をついたグリーンと、そのそばには僕が持っていたリュックが落ちていた。
自分の顔を触る。むにむにとした柔らかい感触。それは本来の自分のものではなかった。
(僕、ピカチュウになってる…!?)
ある筈の無いしっぽの感覚に唖然とする。なんで、どうしてこんなことに。


一人で慌てている僕に、グリーンが声をかけてきた。
「なあお前、レッドのピカチュウだよな?」
そう言いながらグリーンは僕を抱きかかえ、そのまま膝に乗せられた。突然の距離感に、今だけは人間の姿でなくて良かったと思える。
「レッドはどこだ?モンスターボールも見当たらないけど、他のポケモンは?」
どうやらグリーンは僕の荷物が落ちていたからか、今抱えているピカチュウが僕の手持ちの一匹だと勘違いしているようだった。
彼を安心させようと必死に僕がレッドだと訴えてみるが、口から出るのはピカだとかチャアだとか、聞き慣れた可愛らしいピカチュウ特有の鳴き声だけだった。
それでも手足をバタバタさせていると「ごめん、お前も混乱してるだろうに」と頭を撫でられた。

「…ここにはいなさそうだな。お前も疲れてるよな、もう暗いし一度森から出ようか」
そう言うとグリーンは落ちていた僕のリュックを肩にかけ、空いた手で僕を抱きかかえると出口と思われる方へと歩きはじめた。
ああもう、どうなってしまうのだろう。何故自分がポケモンになってしまったのか。人間に戻るにはどうすれば良いのか。どうにかグリーンにこの状況を伝える方法はないものか。
何もかも、分からないことだらけだった。


グリーンと一緒に森から出ると、辺りはもう日が落ちて真っ暗だった。
森の出口には見たことがある人物が待ち構えていた。そう、あれは確か…。

「ヤスタカ」
グリーンの声を聞いて思い出す。そう、ジムトレーナーのヤスタカだ。
あまり言葉を交わしたことは無いが、礼儀正しくて良い人だったような気がする。
「リーダー、良かった…無事だったんですね!」
そう言いながらヤスタカは、くぅ…と少々大げさに泣いているようなそぶりを見せながらグリーンの両肩を掴んだ。
前言撤回。はやく離れてくれないかな。
グリーンの腕の中で出来る限り力を込めて手をばたつかせると、ヤスタカは「おっと」と体を離した。
「いきなり森に行くって一人で出ていくから…」
「心配かけたな。悪いんだけど、今日はもう上がるって他のやつらに伝えてもらえるか?」
あと、数日ジムを空けるから。そうグリーンが続ける。
傍から聞いていて随分と無茶なことを言っているなと思ったが、それでもヤスタカはただ頷くのみだった。
グリーンは思っていた以上に後輩たちに慕われ、そして信頼されているのだろう。
「それはいいですけど…というか先程から気になっていたんですが、そのピカチュウは?」
腕の中に収まっている僕を指さし、ヤスタカは首を傾げる。
「ああ、こいつは…」
じ、とこちらを見つめるグリーンと目が合う。
「ちょっと特別なピカチュウなんだ」
目を細めたグリーンの声が、いつもより柔らかい気がした。


「そう言えば、彼は見つかったんですか」
ヤスタカがまるで怒られる前の子どものように、恐る恐るグリーンに声をかけた。
彼、見つける、とは。誰かを探していたのだろうか
「いや、見つからなかったよ、もう夜だし、明日また探しに行く」
「どうせ止めても聞かないだろうから止めませんけど、でもやっぱり例のやつじゃ――」
「ヤスタカ」
びくり、とヤスタカの肩が小さく跳ねたのが分かる。
「絶対見つけるから。それまではジムにも行かないし、行けない」
普段より低いグリーンの声が空気を伝う。びりびりとした何かをヤスタカも感じ取ったのか、ハァとため息をついていた。
「……分かりました。ジムのことは任せてください」
言いながらヤスタカが握りこぶしを掲げる。
「でも、リーダーも気をつけてくださいよ。今のトキワの森に近づこうなんて人間、誰もいないんですから」
それを聞いて、はっとする。確かに森の中では人間を一人も見かけなかった。
今、森で何が起こっているというのか。
「それは分かってる。そんな簡単に神隠しなんかにあってたまるか」


―――神隠し


どういうことだ。森で神隠し?
僕がピカチュウになってしまったことと関係があるのだろうか。
不安に押しつぶされそうになり、自分の意志とは無関係に体が震える。
「…寒いか?」
ごめんな、とグリーンが僕を抱えなおす。
「ま、そういうわけで。優秀なお前たちにジムは任せた!」
「はぐらかされてる気はしますが、とりあえず了解です。レッドさんが見つかるように、俺たちも協力しますよ」

レッド。確かにヤスタカは今僕の名前を呼んだ。

「助かるよ。それじゃあ、悪いけど今日は帰る」
「はい、お気をつけて」
頭を下げるヤスタカを背に、グリーンは彼が今住んでいるトキワの家に向かって歩き出した。


帰路の途中で、グリーンは腕の中の僕に話しかけてくれた。
「一人で森に入って行く人間を見たって報告があってさ。それがレッドかもしれないなんて見かけたジムの奴が言うから、つい森にまで行っちまった」
危ないって分かってたのにな、とグリーンは困ったように笑う。
(そうか、それで森に来てくれたんだ)
「結局お前しか見つけてやれなかった。ボールが無かったから他のポケモンはレッドと一緒なんだろうけど…」
真っ直ぐ前を向いたままのグリーンの目が、なんとなく寂しそうだった。
僕はここにいるし、僕の手持ちはポケモンセンターにいるから何も心配はない。そう伝えたいのに、何も届かない。
人間の言葉は話せなくなってしまったけど、どうにか彼を安心させたくて声を上げる。
相変わらず可愛らしいピカチュウの鳴き声しか出せなかったが、それでもグリーンはくしゃりと笑った。
「大丈夫だって、お前のご主人は絶対俺が見つけてやるから」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。好きな人に余計な心配をかけてしまっている自分が情けない。
「お前を一人にできないし、レッドが見つかるまでは俺たちは家族だ」
ぎゅう、と抱きかかえられる力が少し強まった気がする。
グリーンと家族になれるならこの姿のままでも良いかな、なんて思ってしまう自分に嫌気がさした。

**********

今までの話をまとめると、トキワの森では今神隠しが起こっていて、それで誰も森に近づかないらしい。
そんなことを知らずに森へ入ってしまった僕は、その神隠し…にあってしまった、のだろうか。
どうしてピカチュウの姿になってしまったのかは分からないが、神隠しの原因さえ分かれば元の姿に戻れるかもしれない。

色々考えている内にグリーンの自宅まで到着し、僕は彼に抱きかかえられたまま家の中へお邪魔した。
何度か訪れたことがある部屋だが、まさかこんな姿で踏み入れることになるとは思わなかった。
リビングに置いてある小さなソファに座らされると、グリーンはそのまま寝室の方へと向かう。

(ああもう、何がどうなっているんだ)
意味の分からない状況ではあるが、僕を見つけてくれたのがグリーンだったのがせめてもの救いだ。他の人間だったらもっと慌てていたかもしれない。
しばらくすると、普段とは違うラフな服に着替えたグリーンが何かを持ってソファに近づいて来た。
「お腹すいてるか?」
こんなのしかないけど、とグリーンはポケモン用の平皿を床に置くとその中に専用のフードをざらざらと流し入れた。
この状態を見て、そうか僕は今ピカチュウなんだと改めて実感する。確かにお腹はすいている。が、僕にこれを食べることができるのか。
ここで食べなかったらまた余計な心配をかけるかもしれないと思いソファから降りてフードを一つ手に取って口に入れてみる。ガリ、した感覚――と、あるのか無いのか分からない味が口の中に広がる。
まずい。一言にいえば、そうだった。
これと同じフードを僕の手持ちが食べていたこともあるので、本当のポケモンであれば美味しく食べられるものなのだろう。
まずいと思ったのが顔に出ていたのか、グリーンは「口に合わなかったか」と困ったように眉を下げた。
こんなことで彼を困らせたくない…と思っていると、グリーンがキッチンの方に向かったので後を追った。
「待ってろよー、他にお前が食べられそうなもの…」
棚を漁る姿に申し訳なさが募る。
どうしようか、と思っているとふわりと美味しそうな匂いが鼻をかすめた。
ひょい、とキッチンのカウンターにあがると小ぶりな鍋と、その中は…。

「なんだ、カレーが食べたいのか?」
いつの間にかグリーンがあたためていたのだろう、美味しそうなカレーがそこにあった。
昨日の残りだぞ、と言いながらグリーンが僕を抱きかかえて床に下ろす。そして先程までは小さかった腹の虫が、今後は勢いよく鳴り始めてしまった。
「お前、正直なやつだなぁ」
ご主人様にそっくりだ、と言いながらグリーンは笑いながらカレーを皿によそってくれた。
「ガラルの方だとポケモンも人間と同じカレーを食べるらしいし、一緒に食べようか」
一人と一匹分のカレー皿を持ったグリーンの後に続き、皿が置かれたテーブルの上までジャンプする。
誰かと一緒に食事をとったのは、久方ぶりだ。

テーブルの上に並べられた自分用のカレー皿を前にしたところで、僕ははっとした。
(これ、どうやって食べたら良いんだろう)
正面に座っているグリーンはこちらの様子をうかがっている。ちゃんと食べられるのか心配なのだろうか。
はやく食べようにも人間のようにスプーンは使えないし、だからと言ってこのまま口を皿の中へに突っ込むのも気が引ける。
どうしたものかと唸っていると、グリーンが小さなスプーンで目の前のカレーを掬うと僕の目の前に差し出してきた。
「ほら、熱いから気をつけろよ」
僕が人間の姿であれば、こんなこと絶対にしてくれないだろう。そんなことを考えながら目の前にある一口分のカレーが乗ったスプーンを数秒見つめる。
その奥にあるグリーンの顔はというと今まで見たことが無いぐらい優しい表情で、胸の奥がきゅうと苦しくなった。
ええい、もうどうにでもなれ。半ばやけくそになって、僕は目の前のスプーンにぱくりと食いついた。
「うまいか?」
返事の代わりにこくこくと頷くと、「そっか」と満足にしているグリーンが自分の食事をはじめた。


食事の後に満腹感に浸っていると、再びグリーンに抱きかかえられどこかに連れて行かれる。
どこに向かっているのだろうと思っていると、そこは脱衣所だった。
マットのひいてある床に降ろされ、まさかと思って振り返ると、そこには今まさに服を脱ごうとしている想い人の姿があった。

(いくら今こんな姿だからって、流石にこれはまずい)
微かに残っていた理性を頼りに脱衣所から抜け出そうとしたが「こらこら」といとも簡単に取り押さえられてしまった。
「森に入って思ったより汚れちまってるからな。俺が綺麗にしてやるから」
だからって、一緒に風呂に入らなくても良いじゃないか。
なるべく彼の肌を見ないように目を瞑った。脱いでいく服が床に落ちたり近くの籠に入れられていく音が心臓に悪い。
そして全て脱ぎ終わったのだろうグリーンにそのままひょいと抱えられ、僕は風呂場に連行されてしまった。

僕は結局、為す術もなく背後から抱えられるようにしてグリーンに身体を洗われている。
ポケモン用の石鹸なのだろうか、体を泡全体が覆う。優しい手つきでわしゃわしゃと全身を触られ、何もするなという方が無理というものだ(実際この体では何もできないが)。
「気持ちいいか?」
無言で頷くと、後ろからふふっと小さく笑う声が聞こえた。
「レッドは風呂に入れてくれてたか?あいつ、こういうの無頓着そうだからなー」
失礼な。僕だって旅の道中でも僕自身も手持ちのポケモン達もみんななるべく清潔でいられるようにしていたさ。
…こんな、グリーンみたいに丁寧に洗ってあげられてはいなかったかもしれないけれど。
「ほら、これでおしまいだから」
ざば、と頭からお湯をかけられて泡が排水溝に流れていく。
よく我慢したな、と頭を撫でられむず痒くなってしまう。今体を洗ってあげて頭を撫でている相手はピカチュウではなくレッドだと知ったら、君はどんな顔をするのだろうか。
次は一緒に浴槽につかり、いよいよどうにもできなくなってしまう。
天井や壁を見ようとしているのに、グリーンが正面から僕の頬を揉み始めるものだからどうしても彼の方へと視線が向かってしまう。
「やわらけー…レッドがピカチュウといつも一緒の理由、ちょっと分かったかも」
そう言いながら僕の頬を触り続けるグリーンの顔が、のぼせているのか少し赤い。

「お前も、レッドがいなくて寂しいよな…」
ぽつり、とグリーンが呟いた。
「俺も、寂しいんだよな」
今度は頬を触っていた彼の手に抱き寄せられ、互いの肌が密着する。ずっと触れたかった上気した肌がすぐそばにあり、全身が緊張で固まりそうになる。
「あいつ、たまにしか帰ってこないし。帰ってきたと思ったらすぐどこかに行くし。俺のことなんて、いつか忘れられそうでさ」

―――そんなこと、絶対に無い!
言葉にならないのは分かっているが抑えられなくて手足をバタバタさせる。
「お前は優しいなあ」
俺の為に怒ってくれてるんだ?とグリーンが目を細める。
笑っているはずなのに、どうしてか悲しそうに見えた。


風呂から出た後は全身を丁寧に拭かれ、グリーンの寝室に連れて行かれた。
彼の腕からひょいっと抜け出し、部屋の隅で丸まる。きっともう寝るのだと思うが、寝る時まで一緒では今度こそ自分がどうなってしまうか分からないからだ。
だというのに、やっぱり思ったようにはいかないもので。
「ほら」
ベッドに腰かけたグリーンが、こちらに向かって「おいで」と両手を広げる。
「ピカチュウのサイズの寝床がないから、一緒に寝てくれるか?」
ここで断れば、彼はまた悲しい顔をしてしまうのだろうか。
それだけは嫌だなと思い、観念した僕はとことことベッドの上に飛び乗った。
「いいこだ」
ぎゅうと抱きしめられ、そのままグリーンは勢いよくベッドに倒れ込む。好きな人と一緒のベッドで寝ると言う夢は、不本意ながら叶ってしまった。
「明日、一緒にレッドを探しに行こうな」
そのレッドはここにいるのだが、森に連れて行ってもらえるのは好都合だ。人間に戻る為のヒントがあるとすれば、きっとそれは森にある。
森を調べれば神隠しの原因も分かるかもしれない。そうすれば、きっと元の体に戻ることが出来る。

「…旅をしてた頃は、どこにいてもレッドを見つけることが出来てたんだけどさ」
僕はゆっくりと喋りはじめるグリーンの声に耳を傾けた。
「今はどこにいるかも分からないことが多くて、突然現れたり消えたりしてさ。もう俺にはあいつを見つけられないんじゃないかって、思うんだけど」
そう語る彼の声がひどく弱々しくて、僕は彼の腕に頬を押し当てた。
僕のことなんか探さなくて良いのに。君は僕がいなくても前を向いて歩けるのに。余計な重みなんか背負わなくて良いのに。
熱と一緒にこの言葉も伝われば良いのにと必死に願うが、それはどうにも無理そうだった。
「でも、お前が待ってるわけだしな。絶対、レッドを見つけてやるから」
こちらに寝返りを打ったグリーンと目が合い、少しでも伝わるようにと顔を近づけて鼻先をちょんとくっつけた。
大丈夫、安心して良い。何も心配することは無いから。
「はは、ありがとな」
ふわふわと背中を撫でられる感覚が心地よくて、僕はいつの間にか意識を手放していた。

**********

目が覚めると、そこは再びトキワの森だった。
グリーンと一緒に彼の部屋出て寝ていたはずなのに、どうして。辺りを確認しても、やはりそこは自分が倒れていた森だった。
近くをうろうろと歩き回っていると、あの時と同じように草むらから一匹のピカチュウが飛び出してきた。
こちらに気がついたピカチュウは僕の姿を見るなり、その場に佇んだまま動かなくなった。
「ねえ」
声を出して、驚いた。僕の体はピカチュウのままだが、鳴き声ではなく人の言葉を話せている。
一体どういうことなのかと考えていたら、いつの間にか先程のピカチュウは目の前までやって来ていた。

「かわいそうに。キミはヒトリなんだね」

不思議なことに、目の前のピカチュウも人の言葉を話している。
これは夢なのだろうか。頬を引っ張ってみる。よく伸び、そして鈍い痛みがった。

「何か知っているのか?なんで僕はピカチュウに…それに、かわいそうってどういうこと?」
「えっと、おちついてよ」
僕はこのピカチュウが言葉が分かること知るや否や、両手を伸ばしその小さな体を揺さぶっていた。

手を離すとピカチュウは一歩下がり、僕に背中を向けた。
「このもりで、カミカクシがあるってきいたでしょ?」
「僕はそう聞いた」
「あれはまちがってはいないけど、ダレもいなくなってなんかいないんだ」
どういうことだ、と訊けばピカチュウはウーンと空を仰いだ。
「むかし、ここにひとりのニンゲンのオンナノコがやってきたんだ」
それからは、ピカチュウが一つずつ教えてくれた。


トキワの森にはピカチュウがいる。運が良ければ森でピカチュウに会える、という言葉を信じて子どもたちはよく森の近くへ遊びに来ていたそうだ。
ある日一匹のピカチュウが仲間とはぐれ彷徨っていると、同じく森の中で友達とはぐれてしまったのだろう女の子と出会った。
一人で泣いている女の子に近寄ると、女の子はすぐに笑顔になった。
君も一人なの? そう言いながら抱きかかえられた時のあたたかい感覚が心地よくて、そのピカチュウは女の子と一緒に森を出た。
もう一人じゃないよ。だって今は君がそばにいるから。

それから二人はいつも一緒だった。
遊ぶ時も寝る時も食事の時も、片時も離れなかった。
だから疑わなかった。きっとずっと、永遠に離れることは無いのだと。

だからあの日だって、信じていた。
いつものように二人で森の中で遊んでいて、いつの間にかはぐれてしまった時に君は必ず迎えに来てくれると。
なのに、君は来なかった。また一人ぼっちになってしまった。仲間もあの子も見つからない。
きっと、少し時間がかかっているだけなんだ。なにか事情があるんだ。待っていれば必ずまた見つけてくれる。
そう信じて、森から出られないままずっと待っていた。


「――だけど、もうあのコをまつだけなのは…つかれちゃったんだ」
こちらに背を向けたままのピカチュウの隣に並ぶように立つと、一瞬風が吹き木々がざわざわと揺れた。
「ナカマがほしかったんだ。だから…このあいだから、ヒトリでやってくるニンゲンにトモダチになってもらっているんだ」
「お前が、神隠しの原因だったのか」
隣の手を掴もうとするが、ひょいと身軽に避けられてしまう。
「そんなつもりじゃあ、なかったんだ」
「僕以外の神隠しにあった人間はどうなったんだ」
「キミとおなじさ。ピカチュウになって、このもりにいるよ」
キミにはむかえがきてしまったけど、と残念そうに話す姿を見て、僕は声を上げた。
「…そんなの、ふざけてる!」
「どうして、そういえるの?」
何も分からない、というように目の前のピカチュウはヒラヒラとしっぽをふる。
「みんな、帰るところがあるんだ。お前の勝手でそんなこと…」
「みんな、ここにかえってくればいい」
そうすれば、みんなヒトリボッチじゃなくなるよね。
そう話す声はひどく真っ直ぐで、全身がぞわりと身震いする。
「キミも、ずっともりにいればいい」
言いながら伸ばされた手を振り払おうとして、気が付いた。
「――おま、え」
振り払った腕はすり抜け、空を切る。
このピカチュウには、実態が無い。

「…いつから、この森にいるんだ」
恐る恐る聞くと、何でもないかのようにピカチュウは「おぼえてない」と答えた。
「ジカンなんて、どうだっていいんだ。だってアノコはもうここにこない。それにきがついちゃったんだから」
もうヒトリはイヤなんだ。そう聞こえた瞬間、目の前がぐにゃりと歪んだ。
ああ、まただ。ゆっくりと遠のく意識と視界の向こうで、ピカチュウがずっとこちらを見つめていた。

**********

次に目が覚めた時は、グリーンのベッドの上だった。
さっきまでのことは全部夢だったのだろうか。それにしては、やたらとリアルだったようにも思う。
部屋にはもうグリーンはいなかった。ベッドから降りて少し開いていた扉を抜けると、身支度をしているグリーンがいた。
「お、起きたか」
こちらに気が付いたグリーンが近づいてくる。彼は既に外出用の格好になっていた。
「飯食って、レッド探しに行くか!」
屈んだグリーンに頭を撫でられ、その心地よさに戸惑う。不本意ではあるが、今僕は彼を騙していることになる。
僕の頭を撫でる彼の表情がとてもやわらかくて、いつもポケモン達にはこんな顔を見せているのか…と少し羨ましくなった。


「さて、森まで来たは良いが…」
グリーンと一緒に再び森までやってきた。だけど入り口から先に進もうとしないグリーンは、顎に手を添え「うーん」と何か考え事をしていた。
「闇雲に探したところで見つからなさそうだし、どうしたものか」
なるほど、確かにこの森は深い。どちらにせよレッド本人はここにいるのだから見つかることはないのだけれど、とにかく森へ行かなければ『神隠し』の手がかりもつかめない。
そうこうしていると、森の入り口付近にピカチュウの影が見えた。
(――あいつ)
もしかして、僕をこの姿にしたピカチュウかもしれない。そう思い追いかけようと駆け出すと、ピカチュウは森の奥へ逃げて行ってしまった。
「あっ、おい!」
後ろからグリーンの声が聞こえたが、僕は振り返らなかった。
今度こそあのピカチュウに会って、僕の体を戻してもらわねばならない。


必死に追いかけた小さな影に追いつく頃には、随分と奥深くまで来てしまっていた。
まだ昼前のはずなのに、森の中は普段よりも随分と薄暗く感じる。
「今度こそ、僕の体を元に戻して」
僕の言葉に目の前のピカチュウがくるりと振り返る。
「もどって、どうするの?」
声を聞いて確信する。このピカチュウは、やはりあの時と同じピカチュウだ。
「どう、するって…」
だって、と続ける声。
「キミも、いつもヒトリなんでしょ?」
そう言われ、胸の奥が捕まれたように苦しくなる。
何年も家に帰らなかったこともあれば、ずっと一人で旅をしていたこともあった。
人やものに執着はない。唯一特別だった幼馴染への恋心も、彼にとっては迷惑なものだろう。
人間に戻っても戻らなくても、誰も困らないかもしれない。
だけど。
「――僕には、僕を、見つけてくれる人がいるんだ」
「…そのヒトは、むかえにきてくれるの?」
「くるよ」
いつだって僕を見つけてくれて、そして待っていてくれるんだ。

「そっか。キミがうらやましいなぁ」
ほんとうはね、と俯いたピカチュウがぽつりと呟く。
「きがついてたんだ。こんなの、いみないって」
「だったら、どうして……」
「しんじたかった、のかもしれない。いなくなったヒトのために、むかえにきてくれるヒトが…ほんとうにいるのか」
まよいこんだトモダチをさがしにくるヒトはいなかった。みんな、このもりをこわがっている。
でもキミはちがったんだね、とピカチュウが近づいて来た。
「キミのおむかえ、おもったよりはやかったね」
「え?」
振り向くと、息を切らしたグリーンが立っていた。
「一体、どういう…」
僕と、もう一人のピカチュウを交互に見ながらグリーンは呟く。
混乱しているのだろう、体が固まってしまっている。
「キミみたいに、ダレかにみつけてほしかっただけなんだ」
そう言いながら、ピカチュウは手を伸ばして僕に触れた。
触れた箇所がふわりと光り、その光に辺り一面が包まれていく。

ありがとう。さいごにヒトをしんじることができた。
消えていく光の中で、確かにそう聞こえた。

真っ白だった視界が晴れた時、目の前には昨日と同じように心配そうに僕を見るグリーンがいた。

「――レッド!!」
レッド。僕の名前だ。
やっと名前を呼んでもらえた、と腕を伸ばし、それが人間のものであることに気が付いた。
「…あれ?」
元の声も出ている。手も人間の時と同じものだ。
それは、つまり。
(もしかして、戻った!?)
慌てて横たわる体を起こそうとするが痛みが走り、再び頭が重力に逆らえず落ちていく。
だけど後頭部に痛みは無かった。下は地面のはずなのに、平たくも硬くもない。
不思議に思っていると、空を掴んだままだった僕の腕をグリーンが両手で包むように握った。
「本当に、お前が無事で良かった…」
「…グリーン、その」
どこから話したものか。ぐちゃぐちゃな頭の中を整理しようにも、どうにも落ち着かない。
そして僕は気が付いた。
後頭部のやわらかさ、目の前にある幼馴染の顔。もしかして、今この状況は――。

「ね、ねえグリーン」
「ん?」
「単刀直入に聞くけど、僕って今、膝枕されてる?」
「そうだな」
ガン、と頭を殴られたような衝撃が走る。
なんで、どうして!?と言いたい口を片手でふわりと塞がれた。
「俺はな、確かに倒れた『ピカチュウ』を膝に乗せてたはずなんだ」
「う、うん…」
「だけどどうしてか、そのピカチュウがいきなり人間になっちまってさあ」
それでこうなったわけだ。そう意地悪そうに喋るグリーンの顔を真っすぐ見ることが出来ない。
「あのさ…」
「話はあとだ。とにかく、お前を連れてここから出る」
いつまでもここにいられないしな、とグリーンに体を起こされ、肩を借りながら一緒に森の出口まで向かった。
歩きながら森の中を見渡すと、昨日訪れた時よりも光が満ちているような気がした。

**********

「で、説明してほしいんだけど」
「はい…」
途中で僕の手持ちをポケモンセンターから引き取った後グリーンの自宅まで戻り、僕はテーブルをはさんでグリーンと向かい合わせに座っている。
「僕にも良く分かってないんだけど」
「いいよ、お前のペースで」
じ、とこちらを見つめるグリーンの視線が痛い。
とにかく僕は、昨日トキワシティに訪れたところから順番に彼に話をした。


「――それで、さっきまでお前はピカチュウになっていた、と」
「そう、だね」
先程まで硬かったグリーンの表情が、今度は徐々に赤くなっていく。
「…昨日、一緒に飯食ったのも」
「僕です」
「一緒に風呂に入ったのも」
「僕です」
「一緒に、寝たのも…」

「………僕です」

そこまで話して、グリーンはがばっとテーブルに打っ伏した。
「な…なんでさっさと言わないんだよ!」
うつ伏したまま大声を上げるグリーンは、もう耳まで真っ赤だった。
「言えるわけないじゃん、ピカチュウだったんだから!」
「そうだけど…そうだけどさ!」
「それに僕は必死に抵抗したよ。なのに君がピカチュウの外見に惑わされてデレデレしてたんじゃん!」
「はあ!?あれは別に、ピカチュウだったからってわけじゃ…」
顔を上げてそう叫ぶグリーンは、はっと口元を抑える。
「え、違うの?」
「~~~あれはッ!お前の手持ちだと思ってたから、大切に扱わなきゃって…思ってたからで…」
だんだんと涙目になっていくグリーンにいたたまれなくなり、僕はテーブルに手を突き立ち上がった。
「れ、レッド…?」
僕を見上げるグリーンの大きな目が瞬きを繰り返す。
それをずっと見ていたい気持ちを抑えて、勇気を振り絞り口を開いた。
「嬉しかったんだ。どんな理由であっても、僕を家族と言ってくれて、大切にしてくれたことが、本当に…」
「え…えぇ?」
ああ、もう後には引けない。ここで全部吐き出してしまおう。

「僕は、君のことが好きだ」

そのままテーブルの上のグリーンの両手をぎゅうと握る。
緊張と恥ずかしさでいつも以上に熱い。
「ちょ、ちょっと待てレッド、ついていけない…」
「言葉のままだよ。君のことが好きなんだ」
「いつから…」
「旅に出た頃だから、11歳の時から」
「マジ……?」
そこまで話して、グリーンは視線を落としてしまう。
ああ、もう駄目かも。完全に嫌われた。親友でもライバルでもなくなってしまった。
名残惜しさを感じながら握った手を離すと、今度はグリーンの片手が僕の手首を掴んだ。
「その…えっと、あれだ」
「…?」
「俺も………だから」
途中がよく聞こえず「なに?」と答えると、グリーンは勢いよく真っ赤な顔を上げた。

「だから、俺もお前が好きだってこと!」

僕が森の中に入ったと知って、いてもたってもいられなくなったこと。
このまま見つけられなかったら、と不安に押しつぶされそうになったこと。
グリーンは全部自分の言葉で教えてくれた。
「頭の中どうにかなりそうだったよ」
お前のせいで、と恨めしそうに話すグリーンに「ごめん」とか細い声で返事をする。
「もう、いいんだ。お前は無事だったわけだし、他の神隠しにあった人達も見つかったって報告もあった」
僕たちはテーブルからソファに移動し、隣に座った。手を伸ばせばすぐ触れられる距離にいるグリーンに心臓がどんどんうるさくなっていく。
「…そうだ、グリーン」
「なんだよ」
肩を抱き寄せ距離を詰めると、グリーンの戸惑う両目がこちらを見ていた。

「僕を見つけてくれて、ありがとう」
そのまま唇を重ねれば、彼は何も言わず応えてくれた。
背中にまわされた両手に体温が上がっていく。

「ねえ、僕が見つかるまで、家族だって言ってくれたよね」
「え?ああ、言ったかな…」
ふい、と視線を逸らすグリーンに思わず笑みが漏れる。
「今度は、本当に家族になろうよ」
そう言うと、グリーンは「え」だとか「う」だとか呟きなから僕の胸の顔を押し付けた。
「――そういうこと言うの、反則だから…」
「うん、ごめん。でも本気だよ」
許さねえから。そう言ったグリーンは、顔を上げると僕にキスをした。

**********

お互いの気持ちが通じ、僕は再びグリーンの部屋に訪れていた。
以前と違い明かりの無い薄暗い部屋でベッドの上に押し倒した身体は、思っていたよりも細かった。
ついこの間見たものと違うように見えるのは、今は人間の視点だからだろうか。
細いと言ってもしなやかで、綺麗な筋肉がついている。腰のあたりを撫でるように触るとそっぽと向かれてしまった。
「グリーン、こっち向いてよ」
「…やだ」
両腕で顔を隠す彼の鎖骨、胸、腰と順にキスを落としていく。
「本当に好きにしていいの?」
聞けば、腕を除けたグリーンが「くどい」と声を上げた。
「さっきから何度も言ってるだろ!俺は、お前だったら…なんで、も……」
言いながら恥ずかしくなったのか尻すぼみになっていく声が可愛くて、今度は顔に口づけた。
うう、と悔しそうな声を出す幼馴染は目を閉じてしまった。残念だ、綺麗な目なのに。
「僕、嬉しいんだ。そんなふうに思って貰えてるなんて」
「もう喋んな…」
「嫌だ、喋る。まだ伝えたいこと、いっぱいあるんだ」
普段は無口なくせにと反抗されるがお構いなしに手を進める。
潤滑剤で滑りをよくした箇所に指を少しずつ押し入れていくと、苦しそうな声が聞こえた。
「痛い?」
「んー…」
肯定とも否定ともとれる返事には一旦無視をして、広げる指を増やしていく。
「こういうの慣れてないから、痛かったら言って」
一応自分たちが繋がるための知識はあるし、無理そうであればこの行為を急ぐ必要はない。
ただ、ずっとあたためていた想いが通じたのだ。正直に言えばもっと先に進みたいと思っている。

「たぶん、この辺…」
ぐ、と彼のナカの一点を指で押すと、ずっと黙っていたグリーンの口が開き「ひぁ」と声を上げた。
「な、なに今の」
「………」
「なんか言えよ、レッド…!?」
何度も同じところを攻めてやれば、グリーンが小さい声で何度もないた。
「なんだこれ、レッド、待って」
「待てない、好きにしていいんだろ?」
「そう、だけど…ッ、あ、やだ!」
「嘘。だって、腰動いてる」
喋りながら彼のイイところを何度も指で押していく。
普段よりも高い声が響いて、つい「かわいい」なんて口走ってしまった。
「かわいいって、言うな、ぁッ」
「だって、かわいいんだもん」
「ばかっ、言うなって、も、レッド…」
これだけでは物足りないだろうと思い、片手を彼の横につき胸に舌を這わせる。
その度にびくびくと小さく震える身体も溢れる声も愛おしくて、全部食べてしまいたくなる。
だからだろうか。じゅう、と強めに吸うと少し甘いような気がした。
「ぅあ、胸ばっかりやだ、ァ」
「でも気持ちいいよね?」
舌でツンとたった突起を転がすと、彼のナカの指が締め付けられる。
「……ッ、レッド」
乱れた息の中で名前を呼ばれ、そちらに意識を集中させる。
「なに……?」
「俺ばっかり気持ち良くなるの、嫌だ…」
グリーンは腕を伸ばすと僕の顔を掴み、ぐいっと引き寄せられる。
そのまま糸が引くほどキスをして、顔が離れた時に目の前グリーンが小さく口を開いた。
「…一人じゃ嫌だ。一緒に、気持ちよくなりたい……」
ぶつ、と僕の中で、何かが崩れる音がした。


ぐちぐちと混ざり合う音と互いの腰がぶつかる音を、もうどれぐらい聞いてきただろう。
すっかり僕の質量をのみ込んだグリーンの体も、痛みも快感も与える僕の体も、真夏のように熱い。
彼の腰を掴んで何度もぐいっと引き寄せれば、甘ったるい声が部屋に響いた。
「あ、ァん、アッそこ!そこ、やだ…レッド」
「だから、嫌じゃないよね?」
「やだッ、こんなの知らない!おかしくなる、からァ…」
もう僕たちはとっくにおかしくなってるよ。そう言った僕の声は、彼に届いているのだろうか。
「ねえ、グリーン」
返事は無くたって良い。聞こえているかどうかは分からないが、僕はしゃべり続けた。
「好き。君のことが好き。もうずっと、想像つかないだろうけど」
「なに、急に」
どうやらちゃんと聞こえているようだ。
返事があったことに気を良くして、つい腰を引き寄せる力が強まる。
「や!レッド…」
「どこにいても、君のことを考えてた…僕を迎えてくれるのが嬉しかった、ッ君がいれば、なんだって良かった」
「……ッ、」
うう、とまたグリーンが両手で顔を隠してしまう。
今度は彼の腰を持ち上げて覆いかぶさるような体勢で突くと、ひと際高い嬌声があがった。
「れっど、ぁ、奥ッおくまで、ンぅ、ッきてる」
「うん、僕でいっぱいにしてもいい?」
わざと耳元で囁いてやれば、びくりと身体が跳ねた。
「いい、ッ好きにしてイイから!おれ、れっどと一緒に、気持ちよくなりたい」
背中に回された手に力が入ったのが分かる。
「…嬉しい」
「だからッ、ァ!ん、もう…」
「……僕も、もう限界かな」
腰を打ち付ける速度が上がる。
放った熱が広がる感覚と互いの荒い吐息が、僕たちを覆った。

「ねえ、グリーン――」
ベッドの上でぐったりと横たわる恋人の名前を呼ぶが、本人は枕の上にうつ伏したままこちらをちらりとも見ようとしない。
「無理させてごめん、僕、気を付けるから」
そう声をかけると、顔を上げたグリーンが枕をこちらに投げつけてきた。
「~~~~~ばか、ばかばかばかレッド!」
投げつけられた枕を抱きしめて、僕は彼に頭を下げた。
「わ、だからごめんって!僕ばっかり、好きにしちゃって…」
「ばか、そんなこと怒ってるんじゃねえ!」
「え、じゃあ何に怒って…」
聞くと、ふいっと寝返りを打ち背中を向けられてしまう。
「……お前ばっかり、好きだとかなんとか言いやがって。俺に言わせる暇なんか、寄越さずに」
「グリーン…」
かわいい。そう言って上から抱きしめると、「かわいいって言うなっつったろ」とまた怒られてしまった。
「ねえ、じゃあ今言ってよ」
「はあ?」
「僕が言ったよりも多く。ねえ、それならいいよね?」
「…そんな簡単に言ってやるか!」
振り返ったグリーンに抱えていた枕を奪い取られ、今度は顔面に投げつけられた。