嘘でもかまわない - 1/4

 雲ひとつない青空の中で、ベジータは腹を立てていた。
 と言うのも魔人ブウの脅威が去ったのちに皆が生き返り、やっとの思いで悟空と心ゆくまで戦える条件が揃ったのに、肝心の目の前の悟空からやる気が感じられないからだった。
 拳を交えるたびに気を高め互いの力が直接ぶつかり合う久しぶりの快感に溺れていたいのに、少し経った頃にはもう、悟空の目にはベジータは映っていなかった。
「もういい」
 空中で気弾を飛ばそうとしていた悟空は突然動きを止めたベジータの言葉に驚き咄嗟に構えを解くと、慌ててこちらに背を向けるベジータの前へと回った。
「な、なんだよ急に、どうした。腹でも痛いんか?」
 普段は調子のいい明るい声にどことなく焦りが混ざっているようで、ベジータは怪訝そうに眉間のしわを深くした。
「このまま続けていても意味がないからだ」
 困惑した面持ちの悟空に、ベジータが吐き捨てるように言う。
「意味がないって……オラ、なんかしたか?」
 ベジータは答えなかった。悟空は独特な形に跳ねる髪をがしがしと掻きながらため息をつくと、小さく深呼吸をする。その様子を見ていたベジータの視線は、まっすぐと悟空を射抜いていた。
「カカロット、貴様はまた何かオレに隠しているんだろう。あの時みたいに、オレ相手じゃ本気を出せないとでも言いたいのか」
 ベジータの言葉に息が詰まる。ベジータの言うあの時とは、悟空と戦えないことに痺れを切らして自ら魔人の力に堕ちた時のことを言っているのだろう。悟空が力を隠していたことにベジータは随分と腹を立てていたし、彼のプライドを傷つけてしまった自覚はある。あの時と今ではベジータと本気で向き合えない理由は違うのだが、不器用な悟空はそれを言葉にできなかった。
 だがそれをベジータは先程の問いかけへの肯定と捉えたのか視線を逸らすと何も言わないまま、どこかへ飛び去ってしまった。
 その場に残された悟空は肩を落とし、ベジータが向かった方向をただじっと見つめていた。

 * * * * * * * *
 
 一人になった悟空は、宙に浮かんだまま胡座をかいている。しばし放心気味であったが、その直後青空に向かって「ああー!」と叫んだ。どうして上手くいかないのだろう。モヤモヤとしている胸の内を吐き出すように大声を出し、眉を下げた。
 最近の悟空にはある悩みがあった。それも、あまり他人には話せない類の悩みであったため一人でそれを抱えている。今はベジータの後を追うわけにもいかず、かといって家に戻る気にもならない。どうしたものかと思い惑っていると頬に冷たい感触が走った。見上げれば、先程まで青一色だった空にはいつの間にか雲が広がり影が落ち、瞬く間に大粒の雨が降り出してきた。
 慌てた悟空が辺りを見渡すと、少し離れた場所に人間が数人は入れそうな程の横穴を見つけた。急いでそこへ向かいと濡れた髪から水を払うように勢いよく頭を左右に振った。助かった、と一息つきながら岩壁に背を預け座り込む。膝に額を乗せるようにして蹲ると、再び頭を抱えた。
 悟空は先程まで一緒だったベジータを脳内に思い描く。二人の間を邪魔するものなど何もなく、どれほどこの日を待ち望んだであろうかと互いに胸の奥を熱くしていたに違いない。なのに、どうしたことか。いざベジータを前にすると悟空の煩悩が邪魔をする。ずっと悟空だけを追い続けていたベジータの両目が、しっかりと目の前の悟空だけを捉えている。ごくりと喉が鳴り、きっと今日は駄目だと感付きながらも悟空はベジータとの組み手を開始してしまっていた。結局そんな様子はすぐにバレてしまいベジータはへそを曲げる始末。あまりの不甲斐なさにため息が出るが、自分でもどうしようもないのだ。
 じっとしていると、体に熱が集まってきているのが分かった。熱が集まっている箇所を見て、悟空のため息はますます深くなる。信じられない、と道着を押し上げる箇所を見つめた。無意識のうちにそこへ触れると張り詰めているソレはぴくりと反応し、ついには我慢ならず服から取り出し直接触れていた。上下に扱くように触れる時、頭に思い浮かぶのは不機嫌な表情を思い浮かべる同胞の姿だった。
 本来であればこの熱を捧げる相手は妻であるが悟空が淡泊であるがゆえに普段から妻と行為に及ぶことは少ないことと、近頃は力をつけすぎたせいで通常の人間相手だと少し触れただけで痛がらせてしまうのだ。不器用な悟空は行為のための力加減を難しく、また面倒であると感じてしまっていた。それもあり、溜まるものが溜まっても妻相手で発散させることが出来ず、こうして一人で及ぶだけだ。
 力を加減しなくても良い気楽な相手に甘えてしまっている、という自覚はある。その対象を考えた時、身体を密着させても違和感のない相手がたった一人で、それがベジータだった。悟空だけをただじっと見つめる目が、追いつき追い越そうとしてくる熱意が、時折見せる表情が、すべてが熱となって全身を駆け巡る様だった。
 一度ポタラで合体したからだろうか、以前よりかはベジータの考えていることが格段に分かる様になっている。きっとそれは向こうも同じなのだろう。それもあってか常に機嫌の悪そうな言動の中にも違う感情が混ざっていることがあると気が付き、悟空が喜悦を感じていたのも事実だ。だがそれを自覚してからか、以前から悟空の目に映るベジータが変わったような気がした。それがただの同胞や好敵手に抱く感情ではないと同時に良くないことではあると理解はしてるだけに、誰にも話せないでいた。ベジータのことを考えるだけで勃つなんて、誰にどう話せばいいんだ。
 カカロット。この名前を呼ぶのは一人だけだ。その名を呼ぶ小さな口元を思い浮かべると手にしているモノがますます硬くなりはじめた。駄目だ、ダメだ、だめだ……そう思うのに手は止まらない。先端からだらだらとこぼれる先走りのせいでぬるぬると動き、勢いは増すばかりだった。
「は……ッ悪い、ベジータ、……こんな、こんなはずじゃ、なかった」
 気が付いた時には、びゅるる、と吐き出した自らの欲で手を汚していた。悟空は自分がしてしまったことを後悔し、冷めた面持ちでそれを眺める。実は同胞を思い浮かべてのこの行為は、一度や二度では無いのだ。
 どうしよう。次ベジータに会う時は、いつもの自分でいられるのだろうか。ただただ、それだけが不安であった。