ムードも何もあったものじゃない。
たまたまトキワで会ったレッドと人気のない道を散歩をしていた。もともと人が多い町でもないし夕暮れ気だったのもあり、俺たち以外は誰もいない。
そして会話が途切れ始めた頃、互いの視線が交わった。
その瞬間だった。
「ぼく、グリーンのことが好きだ」
必死で追いかけたライバルの背中は気が付けば、はるか遠くにあった。
はじめは手を伸ばせば掴めそうな距離のはずだったのに、あいつはいつも俺を置いて行ってしまう。そう、あの時だって。
レッドが行方不明になって、俺はトキワでジムリーダーになって、レッドと再会して、それから昔のように時々二人で会うようになって、以前のような幼馴染兼ライバルの関係に戻って。
それから、それから。辿る記憶はどれもぼやけている気がする。
(俺、レッドのことが好きなんだ)
いつからかなんて知らない、気が付けば好きだった。
家が隣で昔からよく一緒に遊んでいて、悪戯をしては二人で怒られて、楽しいことも半分こで、旅に出る時も、道中の町でも、そしてリーグでさえも、俺たちは何度だって出会い、そして必死に頂点を目指した。
淡い友情は次第に肥大化し、それ以上の感情となった。人を好きになるって、いざその時になってみないと分からないものだ。
でも俺の中で好き、という感情が自分の中であまりにもふわふわとしていて実感が無い。ただ、レッドと顔を合わせた日は一日中落ち着かなくなった。バトルの後に求められた握手に戸惑うようになった。顔が近づくと、自然と目線を反らす様になってしまった。
しかしレッドへの感情に気が付いてから俺たちの関係が悪い方向へ変わったわけではない。だから本人に想いを告げる気もはじめから無かった。
今まで通り何気ない会話をするし、時間があればポケモンバトルだってしていた。
今のレッドにとって、きっと俺は大きな存在だろう。自分で言うのもなんだがレッドについて行けるのは今の所俺だけだと自負している。だけどレッドはこの先もっと多くの人と出会い、一緒に未来を見たいと思える相手を見つけ出すのだろう。それがレッドの「運命の相手」だ。
そしてその相手に、俺はなることができない。
だって俺たちは「良いライバル」なのだから。
今日だって、特別なことなんて起こらないはずだった。
なのに。
「ぼく、グリーンのことが好きだ」
先程のレッドの言葉が頭の中を何度も木霊する。お前、今なんて言った?
「…俺も、好きだよ」
レッドからの告白を受けた後、頭の中で何度もシミュレーションしていた夢見た言葉は思っていたよりもあっさりと口から出てきた。
ポケモンのことばかりで人間に興味なんて無さそうなレッドが俺のことをはっきり好きだと言った。いや、そもそもあれは本当に告白だったのか?
だけどそんなこと俺にとってはどうでも良くて、好きだと言われただけで舞い上がってしまって、彼の言う「好き」の意味なんて最早どうだって良かった。
「なんたってレッドは、今も昔も俺の一番のライバルだ」
これは逃げだ、なんて自分が一番分かっている。普段自分を出さないレッドが言う「好き」なんて、俺が欲しかったものとは違うに決まっている。
交わった視線を自分から逸らし、背を向けた。情けない顔を見せたくなかった。
気が付けば本格的に日が落ち始めていて夕焼けが眩しい。あの時より近づいたレッドがまた遠のいていく。こんなに近くにいるはずなのに。
「違う」
振り向くと、夕日で赤く染まったレッドの鋭い視線が俺を射抜いていた。いつもより通る声に驚いていると、もう一度「好きだ」と言われる。
「だから、俺も好きだって」
「違う、違うんだよ」
何が違うって言うんだ。そんな、泣きそうな顔をして。
「君にとって僕はただのライバルなのかもしれない。でも僕は、それだけじゃ嫌なんだ」
腕を掴まれ、はっとする。なんだ、そっか。さっきから煩い心臓とは裏腹に、頭の中はやけにすっきりとしていた。
「君が好きだよ、だから、ぼくは」
ただ、その先を聞くのが怖かったからかもしれない。俺は気が付けば、続きを喋ろうとするレッドの口を自分のそれで塞いでいた。
いつもぼーっとしていて、口下手で、何を考えているのか分かりにくい幼馴染が絞り出した告白の受け止め方としては満点では無いかもしれない。
初心なレッドは恋愛なんてしたことないもんな、と軽口を叩くことが出来ればどれほど良かっただろう。
レッドの見ている世界の中にいる人間は少ない。いや、実際は大勢の人間がいるはずだ。だけどレッドは前しか見ない男だ。過去の人間は視界に入らないだろう。
たまたま今のレッドの近くにいるのが俺なんだ。かわいそうなレッド、何かを勘違いしてしまっているんだな。お前みたいな男が、俺なんかを好きになるはずがないんだ。
でも、それでも、俺はレッドの気持ちに全力で応えたかった。すれ違う互いの感情が、どこかで交わることを願って。
———-
俺たちはあの告白から「お付き合い」をしている。少なくとも俺はそう思っている。互いに「両想い」だと分かったのだ、進展しない理由が無かった。
たとえ紛い物の感情だとしても、レッドは俺を好きだと言った。俺もレッドが好きだ。もしこのまま一緒に過ごす時間が増えれば何かが変わるかもしれない。そんな淡い期待を持って、俺たちは関係を深めていった。
そしてこの数年、今でもレッドは時々いなくなっては帰って来るを繰り返しているが、昔のように何年もいなくなったりはしなくなった。早ければ数日、長くても数週間で帰って来る。
レッドが帰って来た時は人目が無い場所では手を繋ぎ、視線が交わればどちらともなくキスをした。時が経てばたつほど一歩、また一歩とレッドとの距離が近くなる。
いつ帰って来るのか、行先はどこかなんて聞かない。レッドは風みたいな男だ、聞くだけ無駄なことは分かっている。それに俺にはレッドを縛る権利は無いし、そんなことを言ってレッドがいつこの間違いに気が付いてまた遠ざかってしまうのかと思うと怖くて仕方がなかった。
そしてそんな恋人らしいことをしてきた中で、俺たちにはまた別の問題があった。
これは、やばいな。そう感じたのは、あの時より大きくなったレッドの手が俺の頬から肩、胸、腰そして更に下へ下へとおりていった時だった。
今日もトキワに借りている俺の部屋に二人で過ごしていた。バトルがどうとか他地方の珍しいポケモンがどうとか、そんな話をしていたと思う。
気が付けばいつものようにキスをしていて、頬に添えられたレッドの手が気持ち良いなと思っていた頃だ。
その手がいつの間にか腰に添えられていて、そして更に下へ降りようとした時に俺はレッドの肩を押して距離を取った。
「…グリーン」
レッドを傷つけた。分かってる。悪いのは俺なんだ、でも。
「レッドの、せいじゃない、から」
俺たちは、俺は、いつまでのあの頃のままから進めないでいる。原因は分かっている。俺がいつまでも先に進めないからだ。
幾度となく、そういう雰囲気になった。最初はままごとの様だったキスがだんだんと深くなり、腰を引き寄せられる力が強くなり、俺たちもいつか“そうなる”のだと思っていた。互いのすれ違いのことなんて忘れて、完全に浮かれ切っていた。
そしてじゃれ合いながらベッドに倒れ込んで、服の中にレッドの手が入り込んできた時にその先のことを想像した。今この瞬間にレッドに一番求められているのは俺だ。他の誰でもない。それだけで頭の中がぐちゃぐちゃになる。
(レッドが本当に俺のことが好きだったら)
レッドと一緒に未来と見たいと何度も思った。それが馬鹿げているというのは分かっている。それでも、願わずにはいられなかった。
脱ぎ捨てた服がベッドから床に落ちる。互いの裸なんて子どもの頃に何度も見ているから今更恥ずかしさも無い。そのはずなのに、いざ目の前にするとどうだろう。
記憶と違うギャップなのか、それとも想像していた展開についていけていないのか、または、罪悪感からなのか。俺は緊張のあまり、何もできなかったのだ。
そして俺は、未だにレッドにの想いに応えられないでいた。
今日もだめだった。レッドを好きだと言う気持ちに偽りは無いし、その先に進んだって良いと思っている。この甘い夢を見ている間に、レッドにたくさん求められたい。
なのに、いざ直前になるとどうしても腰が引けてしまう。
情けないと思う。どうすれば良いか分からず眉を下げる目の前の幼馴染を、俺は裏切ってしまっているのだ。
何もできない、できないが、もっと触れていたい。本当に、わがままだ。両手を伸ばして慣れた体温を抱きしめた。裸の広い背中に腕を回すと、想像していた熱が引いているのが分かる。
顔を見られたくなくて抱きしめる腕にぎゅうと力を入れると「くるしいよ」と困ったような声が返ってきた。
(べつに、セックスなんて必ずしなきゃならないわけじゃないし)
それは言い訳だと言われれば反論できない。黙っていると、先にレッドが口を開いた。
「グリーン、ごめんね」
おまえが謝ることなんてない、と言えたら良いのに。普段はよく回る俺の口は、大事な時ばかり思うように動いてくれない。
「僕は、君が嫌がることはしたくない」
「…レッド?」
ぐい、と今度はレッドに肩を押される。目が合った時、あの時と同じ鋭い視線が俺を射抜いた。
「やっぱり違う」
「違うって、何が」
なんでもないと一言だけ返され、落ちていた服を拾って身にまとう背中をじっと見つめる。
(でも、これで良いのかもしれない)
だって俺は、レッドの運命の相手なんかじゃないのだから。
あれから数日後、レッドはまたどこかに行ってしまっていた。レッドがいない日々は退屈だ。最近はジムへの挑戦者も少ないこともあり、余計にレッドの存在が俺の中で大半を占めていることを実感させられる。
おまけにいつもは数週間で帰って来るレッドが今度は一ヵ月も音沙汰がない。いつ帰って来るんだ、お前がいないとつまらないよ。
今日は挑戦者もいないのでもう閉めてしまおうとジムトレーナー達を先に帰し施錠しようとした時、ヒビキがジムを訪れた。
そしてせっかくだからとヒビキとバトルをした後に、一緒にジムの裏で手持ちのポケモン達に餌をやっていた。
「餌あげ終わったらもう一回バトルしてください」
ポケモン達と俺とを交互に見ながらヒビキが目を光らせているが、俺は「だめ」と返す。
「もうちょっと休ませたいんだ。それに今日はもう店じまい」
「ちぇ、来るタイミング間違えたなー」
残念そうに口を尖らせるヒビキを見て、思わず口の端が上がる。拗ね方がレッドに似ている、なんて言えばヒビキはどんな反応をするんだろう。
「僕、グリーンさんが羨ましいです」
「は?」
ぽつりと呟くヒビキに「なんで」と言えば、すぐさま「だって」と返ってきた。
「レッドさんがいる時、時々バトルの相手してもらうんです。一度勝ったことがあるはずなのに、今じゃ全然歯が立たなくて」
はあ、と思わず声が漏れる。レッドの話がここからどう繋がるのか分からない。
「それで、何度も相手をしてもらって気づいたことがあるんです。レッドさんは強いけど、たまに調子悪いんだろうなって日もあって」
それでも勝てないんですけどね、とヒビキは頭を掻きながら苦笑いのままこちらを向いた。
「そういう調子悪いんだろうなって時は、いつもグリーンさんがいない。逆にグリーンさんがいると、僕はもう手も足も出せません」
「…俺?」
レッドがヒビキの相手をしているところは何度か見たことがある。
確かにいつもレッドの圧勝で、ヒビキには悪いがレッドが負けそうだ思ったことは一度も無かった。
「でも、それがなんで俺が羨ましいって話になるんだよ」
「正確に言うと、レッドさんも羨ましいです。だって」
二人は良いライバルだから。
そう笑顔で言われ、胸の奥がちくりと痛んだ。
「グリーンさんだって同じですよ、レッドさんがいるといつも以上に強くなっちゃうから僕は困ってますね!」
へらりと笑うヒビキの声がじわじわと脳に広がる。
「二人は互いに高めあえる相手なんだと思ったら羨ましくて」
確かに、レッドがいる時はいつも以上にバトルに力が入る。
レッドの前で誰かに負けたくないと言う気持ちもあるし、「レッドのライバル」として相応しい姿を見せたかったのもある。
「それで僕、もう一つ気がついたことがあって」
ヒビキがそう言った時、ひとつの影が近づいて来ていることに気が付いた。
ヒビキは影が真後ろまで近づいたことにも気が付くことなく話を進める。
「これは勘ですけど、たぶんレッドさんってグリーンさんの前ではかっこ付けたいんじゃないかなあ」
「面白そうな話してるね」
あ、と間抜けな声が出る。一ヵ月ぶりに見たその顔は怪訝そうに俺たちを見ている。
「レッド」
名を呼ぶと、ヒビキが一瞬肩を震わせた後おそるおそる振り返った。
「あー、えっと、お久しぶり…です?」
ヒビキの上ずった声に思わず笑ってしまうと「気づいてるならなんで教えてくれなかったんですかー!」と涙目で訴えられた。
あの後、手持ちに餌を食べさせ終えたヒビキは「レッドさんまた今度相手してください!」とだけ早口で言い残してジムを去ってしまった。
「あんまり後輩をいじめてやるなよ」
「いじめてない」
子どものようにむすっと口を尖らせる姿が可愛くて、久しぶりに見た顔が愛おしくて、俺はジムに俺たち以外誰もいないのを良いことに室内に戻った後レッドを思い切り抱きしめ帽子を奪い取り、頭をがしがしをかき乱した。
レッドの首に腕を回す時、少し背伸びをしないといけなくなった。旅に出た時はほとんど変わらなかった身長に差が出来てしまったことに気が付き、少し悔しい。
何も言わないレッドに一ヵ月も何してたんだよ、という気持ちが無いわけではない。だけど俺にそれを言う権利は無い。ただ今は、こうして真っ直ぐ俺のところへ帰って来てくれたことが嬉しかった。
ゆっくりとレッドの両手が背中に回ってきたのが分かる。だから俺は調子に乗って、先程のヒビキの話を蒸し返した。
「レッド、俺の前だとかっこつけてんの?」
そう言えば「そんなことない」とむきになって反論してくると思った。
体を離し、顔を覗き込んでやる。きっとまた不機嫌な表情をしているんだろう?
いつものように揶揄ったつもりだった。なのに。
「そうだって言えば、君は本気にする?」
そう返すレッドの目がいつもと違う。なんで、そんなに悲しそうな顔をするんだ。
俺が戸惑っていると両腕を掴まれた。振りほどこうにもびくともしない。
そのまま壁に縫い付けられ身動きを取れずにいると、手を離さぬままレッドは俺の肩に額を乗せた。
「僕はグリーンの前では情けない姿を見せたくない。もっと僕を好きになってもらいたい。何も、伝わっていないんだろうけど」
俺たち以外誰もいないジムに声が広がり、顔が見えぬままレッドは続ける。
レッドをもっと好きに?もう充分ぐらい好きだよ。そう返したいのに、うまく声を出せない。
何も返さない俺に痺れを切らしたのか、レッドが顔を上げ一瞬だけ視界が交わった。
「いつになれば、本気だって分かってもらえる?」
「…本気って」
やっと動いた口を塞がれ、結局俺はレッドに何も伝えられなかった。
もうどうだって良かった。今この瞬間が幸せならそれでいいじゃないか。俺の気持ちもレッドの想いも関係ない、ただお互いが求めあっている。その事実だけが全てなんだ。
そう自分に言い聞かせながらレッドに応えるように舌を探った。自分から仕掛けてきたくせにびくりと反応する目の前の男がおかしくて、どんどん行為に夢中になっていく。
そしていい加減腕と背中が痛いなと思っていた辺りで解放された。互いの顔が離れ薄く糸が引き、少し息を切らしたレッドが真っ直ぐこちらを見ている。
正面から顔を見るのが恥ずかしくて視線を下に逸らし、そこでレッドの一点に気がついた俺の顔は余計に熱くなる。
俺の視線が気恥ずかしいのかすぐさま背中を向けるレッドの腕を、今度は俺が掴んでいた。
「レッド」
名前を呼んでも振り向かない。
なんだよ。こんなの、今更なんてことないだろ?
「奥、行こう」
互いに無言のまま腕を引き、俺はレッドをジムの奥にある事務室へ連れ込んだ。
普段俺しか使わない部屋なのを良いことにソファにレッドを押し倒し、その上に馬乗りになる。
その衝撃でいつも被っている帽子が落ち、レッドの戸惑う顔がはっきりと見えた。
「グリーン、なに、して」
俺はレッドの声には耳を貸さず手を進め、ジーンズの前を寛げ苦しそうにしているレッドのそれを取り出す。
外気に晒され小さく震える姿を見るのははじめてじゃない、そう、ここまでは。
俺は気が付かれないよう深呼吸をして自分のゆるく反応しているものも同時に取り出し、レッドが動けないのを良いことにお互いを手で包むように擦り合わせた。
ぐちぐちと水音が響く中、なんでと言いたそうにするレッドの視線を受け俺は口の端を持ち上げる。
「おれ、もう、よく分かんなくなって」
喋りながら手を動かすスピードをはやめる。どこに触れたら、もっと正直になれるんだろう。
「お前に、ッ…欲しいって思われてるの、嬉しいのに、ン、でも、おれはお前の隣にいたらだめだから、ぁ」
喋りながら、どんどん頭がおかしくなっていくのが分かる。視界が微かに歪むのは、自分が情けないからだ。
「おれ、本気だよ。いつだって、ッ本気で…でも、レッドはちがう、だろ?」
何が、だとか、どうして、だとか。そういうのはもう必要無い。
これは会話なんかじゃない。目の前に浮かぶ言葉をただただ拾って、レッドにぶつけているだけだ。
少しずつ大きくなる水音が脳を溶かそうとしている。
「好き、好きなんだ、昔からずっと…ごめん、ごめん、こんなつもりじゃ」
自分でも何を言いたいのか分からなくなってきて、気が付けばとんでもないことを口走っていた。
その瞬間お互いの熱があふれ出し、俺の手をどろりと覆った。
(ああ、ついに、やっちまった…)
俺がレッドとの関係で先に進めなかった理由。それは、俺がレッドにとって「良いライバル」でなければならなかったから。
レッドの運命の相手は俺じゃない。関係を進めると後戻りできなくなるかもしれない。それが、ずっと怖かった。
ならレッドが俺を運命の相手だと錯覚したままでいてくれれば良い。その為にはなんだってする。それが、例えこんな強引な方法だったとしても。
馬乗りになったまま動けずにいると、上半身を起こしたレッドに再びキスをされる。今度は触れるだけで、すぐ離れていってしまった。
「レッド…?」
「グリーン、君が何を謝っているのか僕には分からない」
離れた顔は俺の首筋へと移動し、そのままべろりと舐められた。
「おい、レッド」
制止の声も空しく強く吸われたかと思うと視界が反転し、先程とは立場が逆転してレッドが俺を見下ろしていた。顔の両脇に手を突かれ、逃げられない。
「君に好きだって言われて嬉しいと思った。本当は毎日だって聞きたいのに。なのに、謝ったりするから」
下半身に伸びる手を止めることが出来ず、そこは呆気なく纏わぬ姿にされてしまう。
「レッド、やだ…」
お前は分かっているのか。このままだと、俺は本当にレッドが俺のことを好きだと思い込んでしまう。
請うように見上げるが、レッドは溜息をつくだけだった。
「前にも言ったけど」
太ももに触れる俺のより大きな手は優しいのに、視線は依然そして鋭いままだ。
「僕は、君が嫌がることはしたくない」
だから、と続ける声が震えたのに気が付かないほど、俺は鈍くなんかない。
「本当に嫌なら殴り飛ばしてでも逃げてほしい」
その視線が、熱を持っていたからか。はたまた、鈍い俺の頭が目覚めたからなのか。
「僕の好きと君の好きが同じじゃないってこと」と、あの告白の時にもレッドに「違う」と言われたことを思い出す。
嫌じゃない、嫌なものか、俺だってお前が欲しいんだ。
でももう、きっと後戻りできない。俺も、お前も。
腕を伸ばしてレッドを抱き寄せれば、ありがとう、と泣きそうな声が耳を掠めた。
本当にどうして、俺の口はこんな時ばかりまわらなくなるんだろう。
「あ、んぅ、ッそこ、やだ、ぁ」
「声、抑えないでよ」
ごつごつとしたレッドの指が俺の奥へどんどん進んでいく。
その数が二本、三本と増える度に溢れる声が止まらなくなり、必死に抑えようと手で覆った。
「かわいい声、もっと聞きたい」
どうせ誰もいないんだから、と言われるがそういう問題ではない。
「それに、いや、じゃないよね?」
気持ちよさそうにしてる、と吐息交じりに言われ、頭がくらくらする。俺たちの身体は繋がるようにはできていないのに、脳が「もっと」と強請る。
事務室にあった適当な軟膏で解されてはいるが、本当にこんなことで上手くいくのか。でも、俺はどうなったって別に良かった。痛かろうが苦しかろうが、レッドが俺を求めてそれに応えてやれるのならば。
だけどレッドはどうにも慎重で、きついだろうに我慢してずっと俺に構っている。
「もう、いいから」
そう言っても聞かず「でも」とか「だって」を繰り返すので、もどかしい。
「…レッド」
健気に俺を気遣うレッドの手に触れ、きっとこの先二度という事はないだろう台詞を吐いてやる。
「はやく、ほしい」
さっきの台詞を後悔するほど、レッドの質量に俺は顔を顰めていた。
「くるしい…?」
心配そうに俺を見下ろすわりに動く腰を止めないあたり、レッドにもきっと余裕が無い。
もはや痛いのか苦しいのかも分からない。いや、両方なのか。
それでも全身で俺を欲するレッドが愛おしくて、それだけでこれはキモチイイコトだと思えた。
だけど無機質な部屋で響く交わる音がどうにも脳に悪い。別のことに意識を飛ばしたくて、俺は腕を伸ばしレッドを引き寄せた。
「俺は、いいからッ…レッドは?」
途切れる声をなんとか紡ぐと、ぬるりと耳を舌が這った。思わず震える身体に、繋がっているレッドも反応する。
「…僕は、分かるでしょ」
はあ、と耳元で熱が振動する。良かった、ちゃんと、上手くいっているんだ。
次第に水音の混じった互いのぶつかる音が激しくなり、レッドの表情もどんどん余裕がなくなっていくのが分かる。
「ん、んぅ、レッド…」
名前を呼べば返事をする代わりに口に、首に、胸に、いろんなところにキスをしてくれる。
たまらず漏れる声を抑えることができなくなる。はしたないって、思われたくないんだけどな。
「グリーン、言ったよね」
「なに、を」
「僕のこと、好きだって」
なんで、今その話をするんだろう。不思議に思っていると、奥を突く勢いが増していった。
「君にとって、僕はなんだろうって、ずっと考えてた。…僕は、君の一番になりたい、でも、君は?」
「なに、言って…わかんな…い、れっど」
「グリーンは僕の一番になりたいって、思ってくれてる?ライバルなんて、それだけじゃ嫌だって言っても、伝わらなくて」
あの時の告白の話をしているのだろう。だけど、なんで。理由が分からない。
「本当に好きなんだ、ずっと…君は違うって分かってたのに。でも、今更好きだなんて言って、謝ったりするから、僕は…」
「や、レッド!もう…」
ばちゅばちゅと聞きなれない音とレッドの声が混ざって、何が何だか分からなくなる。
これは都合の良い夢なのかもしれない。レッドが俺を好きで、俺もレッドを好きで、互いに求めあっている。
「あ、ぁッレッド、やだ!やだぁ……変、あたま、ヘンになってる」
「うん、僕も…一緒に、もっとおかしくなろうよ」
バカみたいだ、と思う。何度も好きだと言いながら腰を動かすレッドも、こんな時にレッドの欲している問いには答えないくせに伸ばした腕に力を込める俺自身も。
それでもレッドは好きだと言ってくれる。
「ね、グリーンは、僕の何になりたい…?」
ごつ、とイイところにあたる。分かってやってるのか無意識なのか知らないが、ここにいるレッドは今は俺の幼馴染なんかじゃなくて、一人の男なんだと気づかされる。
「おれ、ン、おれも、レッドのライバルだけじゃ、いやだ…」
「…うん」
「おれのことだけ、見ててほしくて、ァ、他のやつの隣になんか、いてほしくなんか、ない」
「そっか」
良かった。そう呟くレッドの声があたたかくて、胸の奥がふわふわと浮いたような感覚になる。
かと思えばぎゅうと絞められているように苦しくなったりもして、レッドに始終振り回されているのだと感じた。
「僕、ずっと君のことだけ見てるから」
「あ、ンッれっど、も…?」
「グリーンも、ずっと、僕のことだけ見ててよ」
そんな馬鹿なことするもんか。昔だって今だって、前にいるのはいつだってレッドただ一人だ。
この広い世界で、それでも俺たちは二人きりのようだった。
ソファの上でうつ伏せでぐったりしている俺の腰をさすりながら、レッドはペットボトルのミネラルウォーターを飲んでいる。
なんでこいつは平気そうなんだ。やっぱり山に籠っていた男は体のつくりが違うのだろうか?
「グリーン、大丈夫?」
「まあ、なんとか…」
仰向け状態に寝返りを打つとレッドと視線がぶつかった。心配そうにはしてくれているが、俺との体力差に少し悔しさが増す。
「僕たち、かなりすれ違っちゃってたけど」
レッドは俺に覆いかぶさると、顔や身体のあちこちにキスを落とす。そういうのは恥ずかしいからやめてくれ、と言うのはまた今度にしよう。
「もっと、君に好きになってもらえるよう頑張るから」
「例えば?」
「とりあえず、僕がいなくなった時どこで何してたかって、聞いてもらえるぐらいには」
それ気にしてたのかよ、と思うと途端におかしくなって、俺は眉をへの字に曲げるレッドを抱き寄せた。
本当はいつも我慢して聞かなかっただけだと今言ってしまうのは惜しい気がして、俺は笑ってごまかした。
「せいぜい頑張ってくれよ、俺がめいっぱい寂しいと思えるまで」
うん、と小さい返事が耳を掠めた。
俺たちは、これからもずっと互いの背中を追いかける。
この先何が起こったって、それはきっと変わらないのだろう。