世界の終わりの終着点

「明日、世界が終わるって言われたらどうする?」
夕日が眩しい学校の帰り道に、昨日ノクトと一緒に観た映画のことを思い出しながら言った。
いきなり未知の生物が人間の世界を侵略しようとするSFモノだった。悪の親玉がこの星は俺たちのものだ、人間たちの世界は終わりだとどすの利いた声で語るシーンから始まる。思ったよりグロテスクで、主人公とヒロインのラブシーンと、ほんの少しの感動が印象深い映画だ。
というと聞こえがいいが、要はよくあるB級映画だ。旧作レンタル50円の広告に釣られただけで、この映画を選んだ理由は特に意味ない。ノクトと一緒に映画が観たい。彼と一緒にいるきっかけが欲しいだけだった。
この会話も、ノクトの声が聞きたいだけだ。答えなんて、なんと言われたって俺は嬉しいのだから。
ふむ、とノクトが大げさに顎に手を添える。かっこいい、写真撮っていいかな。
「そうだな、じゃあ、告白しようか」
鞄の中のデジカメを取り出そうとしたところでノクトが答えた。
「罪を告白なさいますか」
少しふざけて言ってみせると、困ったような笑顔のノクトはバーカと俺を小突く。
「私はあなたを愛してしまった。初めて会った時から心を奪われたままだ。世界が終わる前に、この気持ちを伝えたい」
演技がかったノクトの声が心地良い。それ、映画の主人公の台詞だ。俺のことからかってるんだ。
「どうかこの気持ちを閉じ込めたままにしないで。誰かに見つかる前に奪ってしまって。穢れてしまう前に」
ノクトに合わせるように、俺はヒロインの台詞を続けた。わりと上手かったように思う。
隣で、はぁ、と溜め息をつくのが聞こえた。盗み見た顔が赤いのは、きっと沈みゆく太陽のせいだ。
「あなたの顔を忘れてしまうことが何より恐ろしい。どうか、神にも見つからぬ場所へ連れて行って」
この台詞の後、ヒロインはモンスターの手により帰らぬ人となる。
首と体が離れていくシーンには思わず手で顔を覆った。目を瞑る前に、ほんの一瞬テレビの画面が真っ赤に染まったのを覚えている。
「こんな別れ、俺なら絶対嫌だね」
隣を歩いていたノクトが足を止める。まっすぐ前だけを見るノクトの横顔は、夕日よりも綺麗だった。
誰もバッドエンドを望まない。でも好きな人の前で死ねるって、少し素敵なことかもしれない。愛されぬまま長生きするより、きっとずっと幸せだ。
愛する人の記憶の中で永遠に生き続ける。俺は、できるならそうありたい。ノクトの永遠になりたい。
「連れてってやろうか」
口の端を上げ、いたずらっぽくノクトが笑った。俺の好きな笑顔だ。
嫌いな笑顔なんて無いんだけどさ。
「神の知らぬ場所に?」
「ああ。行きたいだろ?」
ノクトが俺に手を差し出す。確かあの映画のパッケージも、こんな風に主人公がヒロインに手を差し出すカットを使用していた。
貴方に求められる幸せ。パッケージの裏面の古びたキャチコピーが、こんなにも愛おしい。
「行きたい。ノクトが連れてってくれるなら、どこへだって…」
吸い寄せられるように手を差し出すと、それを強く握られた。同じ男で、同い年なのに、なんでノクトの方が手が大きいんだろう。
「…綺麗な箱の中にさ、お前入れて、俺もその中入って、鍵かけて、ずっと二人でいれば」
「さすがの神様だって分からないって?」
「そゆこと」
すごい名案だ。やっぱりノクトってすごい。
ノクトは俺の欲しいものをなんだってくれる。
幸せだ、嬉しい、でも悲しい。もっと、奪ってくれたらいいのに。
「俺は言ったぞ。お前も罪を告白しろ」
明日、世界が終わるんだろ?と目を細めるノクトは、俺のことなんて全てお見通しの様だった。
手を離して先に言ってしまう背中を慌てて追う。
「あぁー、俺は大罪人だからなぁ」
「迷える子羊よ、懺悔なさい」
「王子様。私は、あなたに全てを捧げたい。この体、この指一本残すところなく、どうか」
神に祈るように手を組むと、振り返った影に額にキスをされた。
「よく言えました」
卑怯だと思う。
知ってるんだ、全部。俺の心なんて。薄っぺらだもの。
それでも、ここに土足で踏み込んでいいのはノクトだけ。ノクトだから、俺は全て許してしまうのだから。
「お前の欲しいもの全部やるよ、だから」
そんな悲しそうな目をしないでよ。いつもの青空のようなノクトの目が大好きなのだから。
そのまま、伸ばされた両手に飛び込んだ。ここにずっと来たかった。
「だから、ずっと俺のこと追いかけてくれ」
お前に追われるのが好きだ。そう言われた俺の答えはたった一つ。
どうか、俺だけの永遠に。
「ずっと着いて行くよ、王子様」