ライラックの夢

 気がつくとそこは、自分以外は何もない真っ暗な空間だった。右も左も分からない暗闇で慌てる中、レッドは手を伸ばしてここから出るヒントがないかを探っている。
 先の見えない方へ恐る恐る手を伸ばしていると、むにゅ、と柔らかいものが指先に触れた。なにも見えないので手の感覚を頼りにその正体を探る。なんだか初めて触れたような気がしない。どこか懐かしいような……と、不思議な気持ちになる感触だった。
 すると突然、辺りに光が差し込んだ。眩しさに目を腕で覆い、先ほどまで触れていたものを薄めで確認する。そこには、ふわふわとした大きな壁があった。全体を確認するために後ろへ下がると、その壁は……いつも見ている姿より10倍ほど大きいのではないだろうかと思うサイズのカビゴンであることが判明した。
 
(……カビゴン? にしては、大きすぎる。キョダイマックス……ではないようだし)
 先ほどまで触れていたのはカビゴンの体だったのか、と妙に納得しつつ「なぜカビゴンが……」とレッドが頭を捻っていると、仰向けになっていたカビゴンの視線がこちらに向いた。
 とでも、嫌な予感がする。

(まさか)
 レッドの予想通り、大きなカビゴンはこちらに向かって寝返りを打とうと体を捩る。今まで幾多の危機を乗り越えては来たが、流石にこのサイズのカビゴンに押しつぶされ生きていられる自信は無い。
 急いでその場を離れようとするが、思うように足が動かない。体が普段の何倍も重たい。どうして、さっきまでは動けていたじゃないか!
 誰か助けて。声すら思うように出すことが出来ない。もつれそうな足を必死に動かすが一向に前へと進まない。そうこうしている内に前方には大きな影がさしかかる。
 ああ、もう駄目だ。

 
「——レッド」
 声が聞こえた。姿は見えないが、その声の主はレッドを救おうとしているのだと、どうしてだか一瞬で理解が出来た。今度は声に向かって走り出すと、先程までは無限に続いていた床が消え、ふわっと体が浮いた感覚の後レッドはまっさかさまに奈落へと落ちて行った。

 * * * * * *

「おい、レッド」
 再びその声が聞こえた時、目の前に広がる景色が見慣れた寝室だった。
 カーテンが開かれ、差し込む朝日が顔にかかっている。眩しさに目を細めると、あたたかい布団が勢いよくがばっと体からはがされてしまった。
「ほら。さっさと起きろ起きろ」
 眠気が抜けきれず寝返りを打つと、鼻先にむにゅっと枕とは違う柔らかい何かが触れた。驚いて体を起こすと、その正体はピカチュウの背中だった。
 どうしてだかその背がいつもよりも大きく見えてため息をつくと、先程からこちらの名前を呼ぶ声の主はピカチュウを抱っこして寝室から出て行ってしまった。
「グリーン」
 名前を呼び、レッドは慌ててベットから降りて遠ざかる背中を追いかける。すると振り返った表情は意地悪そうにしていて、「変な夢でも見たか?」と口の端を持ち上げていた。

「覚えてないけど……、なんだか恐ろしい夢だったような気がする」
「ふーん。ちなみに、布団干したいのにレッドが起きないな~ってピカチュウに言ったらお前の体の上でずっと飛び跳ねてて、それからうなされ始めてたぞ」
「ええ、起こしてよ」
「起こしただろ」

 
 他愛のない会話とともに朝食をとる。淹れたてのコーヒーの香りが徐々に眠気を取り払ってくれるので、グリーンの家に居る間は彼が淹れてくれるこれを飲まないと朝が始まらない気がした。
 だけど、この時間はいつも家主が職場へと向かう時間だった。だけど彼も悠長にテーブルの向かいでコーヒーを飲んでいる。
「今日はジム行かなくていいの?」
「ああ、言ってなかったか。今工事中でジム閉まってるんだよ」
 そう言えば、昨日ここに来る前にジムの前を通ったが、何やら人だかりが出来ていた気がする。夕暮れ時でよく見えなかったが、そういうことだったのかとレッドは頷いた。
「ここ最近、ちょっと元気なチャレンジャーが多くてな。事務仕事ならどこでも出来るし、工事が終わるまではしばらくは家にいることが多いかな……」
「なるほど」
「まあ、定期的にジムには顔出すけどな」
 飲み終わったコーヒーのカップを置き、レッドは窓の外を眺める。久しぶりにトキワまで訪れたので辺りを見てみようかと思ったが、どうしようか。

 レッドが朝食を終えた頃に、グリーンは寝室へと向かった。なんとなくその後ろをついて行き、そう言えば彼が布団を干したいと言っていたことを思い出した。
「ここのベッド、いつもふかふかだよね」
 ベッドを整えようとして前屈みになっているグリーンの後姿を見て、昨夜の情事を思い出しレッドはつい背後から彼を抱きしめてしまった。これをすると邪魔だ退けろと怒られるのだが、すっぽりと収まってしまうのでレッドはこの体制がわりと好きだった。見た目はつんつんとしているのに意外と柔らかい髪と、いい匂いのする白いうなじがよく見えて良い。
「それはどうも……おい、邪魔だから退けろ」
 鬱陶しそうに振り返ってはいるが、彼の目に何かの期待を含んでいることをレッドは見逃さなかった。
 そして今まさに整えられようとしているシーツをちらりと横目で見やる。どうせこのあと綺麗にしてもらえるのだ。少し……ほんの少しぐらい、乱してしまっても構わないだろう。

 * * * * * *

 せっかく開けたカーテンを閉めてしまった。まだ午前だと言うのに、あたたかい日差しを遮断した部屋は想像以上に暗い。光の差し込まないこの部屋で、乱れたベッドの上に恋人といるのは背徳的だった。
 服を脱ぐのも脱がせるのも面倒で、レッドは向かい合って座っているグリーンのシャツの中へと手を差し込む。動くたびにシーツが擦れる音が聞こえて、心臓がうるさくなっていった。
「待て、すぐ脱ぐから……」
「いいよ、面倒だ」
 レッドは彼の服の中を弄りながら、細い首筋に顔を寄せ音を立てていく。その度にびくびく震えるので、なんだか悪いことをしているような気持ちになる。
「お前が良く、ても……オレが良くな、い……ッ!」
「ああ、ここ好きだもんね」
 言いながら、撫でるように胸の先を刺激する。与えられる何かに耐えようとしているグリーンは、痛い程レッドの肩を掴んでいた。
 くるりと飾りの縁を撫でるように触れてやればグリーンから「あ、あ」と声が溢れてきた。耳元で熱のこもった声を出されては、もっと可愛がりたくなるものだ。

「あ、レッド、それ」
 汗ばんできたシャツをたくし上げて露になった胸に吸い付くと、途端にいやいやと背を捩る。
「君の好きなことしかしないから」
 逃げられないように支えながら胸の先を舌で転がし、回数を重ねるごとにぷくりと膨れて色づいていく飾りを見てレッドは高揚感を覚えた。そこを充分に堪能した後はようやく邪魔だった服をなるべく丁寧に脱がせ、自分の服は乱暴に手早く脱いでしまう。
「ここ、自分でも触ってるでしょ」
 つんと主張する胸の飾りに再びキスをすると、上から吐息の様な声が聞こえた。
「聞くな、んなこと……」
 その返しはイエスとしか捉えられないので、どうやらもうグリーンの頭はうまく回っていないらしい。与えられる快感を必死に受け止めようとしている。
 それからゆっくりと彼をシーツの上へと押し倒していく。見れば、涙で潤んだ両目がこちらを見上げていた。
「——、はやく」
 言いながら、仰向けに横たわる恋人がおずおずと自ら足を開いていく。まるでその奥を見せつけるように指を這わせて広げるものだから、ひくひくと疼いている後孔が丸見えになっていた。
 それだけで全て伝わってしまう。レッドはごくりと生唾を飲み込むと、緊張しているのだろう恋人の額に触れるだけのキスをした。
 くすぐったそうに目を細めるグリーンを見て安心する。硬かった体が少し解れたのを見て、レッドは導かれるように手を伸ばした。

 
 
「あっあぁ、あッはぁ、ん、ん!」
 あっという間にレッドの屹立を全部飲み込んでしまったグリーンの身体は、快感に耐えるのに必死でそれ以外のことは考えられないようだ。形を覚えさせるようにごりごりと奥を攻めれば、レッドを逃がさまいとナカがきゅうきゅうと締まっていく。腰を打ち付けると上がる嬌声が、どんどんレッドの衝動を駆り立てていった。
「ぁッあ、や、ぁん!れっど、れっど、ぁあッあ!」
 グリーンは最早声を抑えられないのか、律動に合わせて何度もレッドの名前を呼ぶ。名前を呼ばれるたびに「きもちいいね」と返してやれば、グリーンは嬉しそうに目を細めた。
「昨日も、シたからからかな……ッ、奥、すぐ挿入っちゃったね?」
「だって、ぇ、すぐ欲し、ぃ、から、ァッあ、あ」
「欲しいから、いつも自分で触ってるんだ……?」
 意地悪なことを聞いている。普段なら絶対に答えてくれない。だけど、今はそうじゃないと分かっている。
「だって、ッれっどが、いない、から……ぁ、だから、だから」
 ぐずぐずと泣き出しそうな声で言われてしまい、レッドは「ごめん」と項垂れる。しかしグリーンは首を振り、手を伸ばしてレッドの頬に包むように触れた。
「いい、おれ、待つの嫌いじゃない……」
 その言葉にレッドは胸がいっぱいになる。だけど、その時の彼の柔らかい表情に油断していたのかもしれない。
 突然「えいっ」というイタズラっぽい声とともにレッドの体は押し倒され、いつの間にかグリーンがレッドの上へ馬乗りになっていた。
「待つのは嫌いじゃない……けどさ、見上げるより見下ろす方が、好き」
 舌なめずりをしながら満足そうに微笑む恋人の言葉に、レッドの胸の鼓動はどんどんと速くなっていった。

「あっァん、あ!ぁ、あッれっど、奥……、ッおくに、きてる、ぅ」
 ばちゅばちゅと響く水音と肉がぶつかる音、こちらから丸見えになっている結合部。そして目の前で自分に跨って腰を振る恋人が、艶めかしくてたまらない。
 上の律動に合わせて腰を打ち付け、何度も締まってはうねる肉感に吸い取られそうになる。
「れっどぉ、きもちいい……?」
 腰を振りながら小首を傾げ、普段からは想像つかない乱れた姿にレッドは眩暈がした。既に何度か互いに達していると言うのに、一向に熱が収まりそうにない。
「うん、すごい……もっと激しくして、いい?」
「いいよ、ほらァ、好きに動いて、いい……から、ァ!」
 レッドが目の前の細い腰を抱えて下からばちゅんっと深く突くと、耐えられないのかグリーンは口元を抑えて嬌声を上げ続けていた。
「やぁ、んッ!あんっンん、そこ好き、ぃ、ぁん、あッ!」
 彼のイイところを掠め、上に跨っている身体がびくびくと震える。レッドを締め付けている箇所からは先ほどから何度も吐き出している収まりきらない欲が溢れだし、しとどになっているグリーンの中心からもぷしゃぷしゃと薄くなった液体が溢れ、白いシーツを汚していった。
「おれ、また、またイっちゃ、う!んぅ……う、あ、れっど、れっど、ぉ」
「いいよ、僕も……ほら、もっと気持ちよく、なろ?」
 レッドは上半身を起こすと、膝の上に跨るグリーンを抱えなおしナカに収まったままの屹立で深く深くピストンを繰り返した。
「ゃッあ、これ、すごい、ぃ!んっン、あぁ、あッ、なか、いっぱいになってる、ぅ」
 レッドにしがみつく身体をしっかりと支え、最奥を狙って何度も何度も突いていく。途中で互いの視線が交わり、どちらともなくキスをした。
 無我夢中で舌を絡ませていると、グリーンの身体がびくんっと大きく震えた。
「イっちゃ、う、れっど、ぁッオレ、また、ぁっイって、るぅ……」
 同時にナカがきゅうと締まり、その刺激でレッドも何度目か分からない欲を吐き出した。力が抜けた恋人の体を支えながら、二人同時に向かい合ってシーツの上に倒れ込む。繋がっていた屹立を抜くと、ぐぷ……という音とともに白濁があふれ出す。
 抜くときにちょうど彼の弱いところに当たったのか、それともイったばかりの余韻なのか、わずかだが抱えている体が小さく震えていた。抜けきった後にグリーンの乱れた前髪をかきわけると顔がよく見えるようになって、お互い自然と微笑んでいた。
 
「あんまり寂しい思いはさせたくない、とは思ってる……」
 語尾に信じてもらえないだろうけど……、と付け加え、レッドは自分がつけた痕と汗にまみれた体を抱き寄せた。
「いいよ、それはもう。気にしてない……というか、待つの嫌いじゃないって言っただろ」
「それって、本当なの?」
「嘘ついてどうするんだ」
 それもそうだが、にわかには信じられない。現に、寂しい思いをさせてしまっているからこそ彼に彼自身を慰めさせてしまっているというのに。
「どこで何しててもさあ、最後にはここに帰って来るって分かれば、それで良いんだ」
 レッドの腕の中で身じろいだグリーンが顔を上げて、触れるだけのキスをする。閉め切ったカーテンの隙間から光が差し込み、彼の瞳がきらきらと輝いて見えた。