プロンプト・アージェンタムは今日も眠れない。

ここ1か月の間、プロンプトは不眠に悩まされていた。
原因は分かっている。この国の王子であり自分の親友であるノクティスだ。
ノクティスとは、高校生になってすぐに仲が良くなった。
今では親友と呼べる間柄であるし、彼との関係に不満は無い。
…無い、のだが、それ以上のものを、プロンプトは求めてしまっていた。
自分は男でありながら、ノクティスに恋心を抱いてた。いつからだったかは、覚えていない。気が付けば彼のことが好きだった。
おはようと声をかけられると心が弾む。
名前を呼ばれるとつい笑顔になる。
じゃれるように頭を撫でられると顔が熱くなる。
他の人と話しているのを見ると、目をそらしたくなる。
自分を見てくれないと、胸の奥が痛む。

プロンプト・アージェンタムは今日も眠れない。

 

重症であった。それは自分でも分かっている。
いつしかプロンプトのノクティスへの独占欲は強くなっていた。
親友という身分であるのをいいことに学校では常に一緒に行動をしているし、他の人間が入る隙間の無いほど彼のそばにいた。
幸いノクティス自身もプロンプト以外の友人を自ら作ろうとはしなかった。
自分だけのノクト。自分だけの王子様。誰にも渡したくはない。
でもそれは、同時に彼を籠の中に閉じ込めているのと同じだと気づき、それからプロンプトは不眠の日々を送るようになっていた。
(ノクト、好き、好き、好き)
何度胸の中で思いの丈をぶつけても、それは決して届きはしない。
そしてノクティスへの罪悪感と自分への嫌悪感が入り混じり、気持ち悪くて、眠れない。仮に眠れたとしても、悪夢にうなされるのだ。
ノクティスに「気持ち悪い」と言われる夢。夢の中の自分はまるで子どもの様に泣け叫び、ノクティスに許しを請う。
おねがい、ゆるして、しんゆうでいさせて。しんゆうだなんていわない、ともだち、けらいでもいいから。
ノクティスからの答えは決まっている。
「気持ち悪い」

悪夢から目が覚めると、いつも涙で顔がぐしゃぐしゃになっていた。
鏡に映る自分の姿は情けなく、目の下の隈が余計に自分を追い込む。一体、何をしているのだろう。
不眠が続き、いよいよノクティスにも不調の原因を尋ねられてしまった。
「だいじょうぶ、ちょっと寝れてないだけ」
笑ってごまかすと、優しいノクティスは悩み事があるなら言えよと心配をしてくれる。
好きだよノクト、大好き。心配してくれてありがとう。でもね、悩みの原因はノクトなんだ。
そんなこと、言えるはずが無かった。

不眠続きではあったが、学校では比較的まともに生活することが出来た。
何よりノクティスと一緒にいる時間は無駄にしたくは無いし、彼と一緒にいるだけで途端に元気になってしまうからだ。
我ながら単純すぎる性質ではあるが、体調の心配をされるよりずっといい。
しかし家に帰れば全身の力が抜け、何もできなくなる。
ごめん、ごめんねノクト、ごめんね。
わけも分からず泣いてしまう自分も、ノクティスのことを騙している自分も、大嫌いだ。
玄関からなんとか這って自室のベッドまでたどり着き、着替えぬまま布団へダイブする。
この柔らかさがノクトの腕の中なら…彼に抱きしめられたならどんなに気持ちが良いか…。
そしてまた涙する。この悪循環から逃れられない。どうして、どうして、どうして。

そのまましばらく倒れこんでいると、携帯のバイブ音がプロンプトを現実へと引き戻した。
気が付くと部屋の中は真っ暗だった。電気をつけていないので、携帯の通知を示す明かりがすぐに目に入った。
この長さは電話だ。きっと今日も仕事で帰ってこられない親からの連絡だろう。面倒だけれど、出なければ。
ゆるゆると手を伸ばし、画面を見ないまま片手だけで操作する。
「…もしもし」
「プロンプト?」
名前を呼ばれた声に、体が固まった。
この声は、ノクトだ。なんで、どうして。
驚きのあまり返事を忘れたプロンプトを置いて、ノクティスは淡々と用件を告げる。
「お前、今日…ってか最近、ずっと体調悪いだろ。聞いても何も言わねーし。何かあったんじゃねーかって気になって」
ノクト、その優しさが俺を縛るんだよ。そう思うも、彼への愛おしさは止まらないのだ。
「ありがとう、ノクト。でも、大丈夫だから。心配かけてごめんね」
なんとか動いた口で、それらしい返事が出来た。はやく切ってしまいたい。こんな状況で、まともに電話などできない。適当に話を切り上げて、通話を切ってしまおう。
だが、それをノクティスは許さなかった。
「お前、そればっかだよな」
「…え?」
「大丈夫とか平気とか、そう見えないから聞いてんだよ」
多少の怒りを含ませたノクティスの声に、プロンプトは自分の体が震えるのを感じた。
恐怖? 違う。
焦り? 違う。
では、これはなんだ。
「俺のこと全然頼んねーし。言えないことかもしれねーけど、俺だってお前のこと心配してんだよ」
ノクト、こんな俺のこと、心から心配してくれるの?
「なぁ、どうすればお前は俺を頼ってくれるんだ?」
その言葉を聞いた途端、涙が溢れて止まらなくなった。
「ノクト、ノク…ぅ…」
「…プロンプト?」
泣いてんのか?と、優しい声が聞こえてくる。
全身が暖かくなる。だけど、震えは止まらない。
「ノクト、おれ、ずっとノクトに許してほしくて」
「許すって、お前なにかしたのか?」
「うん、…ノクトにずっと、ひどいこと、してた」

「ノクトのことが好きだった」
「ノクトに許してほしかった」
「ノクトに叱ってほしかった」
「その後、…やさしく抱きしめられたかった」

自分は何を言っているのだろう。しかも、泣きながら。
もうこんな汚い気持ちは全部白状して楽になりたかった。ノクティスに嫌われてしまうなら、それでいい。
彼を騙して縛って苦しめるぐらいなら、この方がいいに決まってる。
「なぁ、一つ聞いてもいいか?」
こんな馬鹿みたいなことを聞かされても、ノクティスは平然とした声色で通話と続けている。
「な、なに?」
「今言ってたの全部過去形なんだけど、もうプロンプトは俺のこと好きじゃないし、俺はお前を許して、叱って、抱きしめる必要は無いってこと?」
何を言ってるの、ノクト。
プロンプトが黙っていると、携帯越しにノクトの笑い声が聞こえてきた。
同時に何かガチャガチャと声以外の音が聞こえてくる。そして同じ音が、携帯越しではなく、直接耳に届いていた。
これは、ドアを開ける音だ。
「なぁ、プロンプト」
優しい声と同時に、真っ暗な部屋に光が差し込む。
「お前、不用心すぎるわ」
体を起こしドアの方を向くと、そこには携帯を持ったノクティスがいた。

「な、なんで」
プロンプトは思わぬ事態に手から携帯を落とした。
そのまま壁に背を付けるまで後ずさり、布団を全身を守るように抱き寄せた。
「さぁ、なんでだろうな?」
意地の悪い笑みを浮かべたまま、ノクティスはずかずかと部屋に入り近づいてくる。
「言っとくけど、鍵かけてないお前が悪い」
ノクテイスは携帯をベッドの上に投げるとそこに片膝をつき、隅で固まっているプロンプトへと顔を寄せた。
「で? 俺のことが好きなんだって?」
ああ、今それ言うんだ。ノクトは意地悪なんだね、そういう所も好きだよ。
「知ってんだよ、全部、お前のこと。知らないことねーし」
「なにそれ、分かんないよ」
「なぁ、どれからしてほしい?許してほしいか?殴ってやろうか?」
ニヤニヤと笑いながら近づいてくるノクティスから体を離そうとするが、肩を掴まれ動けなくなる。
「いいよ、お前の願い全部叶えてやる。国民のお願いを聞くのも王子の務めだよなぁ?」
「ノクト、どうしちゃったの?」
「お前のせいだよ、全部。お前が悪いんだよ」
肩を掴むノクティスの力が強くなる。
痛い、痛いよノクト。でもこれが俺への罰だというのなら、何も言えない。
「お前が、俺のこと好きだって顔するから。なのに親友だって言って笑うから。心配するなって俺を頼らないから」
「…ごめん、ごめん、なさい」
「謝るなよ。謝罪が聞きたくて来たんじゃない」
ノクトの表情が険しくなり、ギラリと光る両目がじっとプロンプトだけを見つめている。
自分だけを見てくれていて嬉しいはずなのに、これは恐怖以外の何物でもなかった。
「お前言ったよな?許してほしいって、叱ってほしいって、抱きしめてほしいって」
「うん、言ったよ、言った…」
「全部叶えてやれば、お前は俺のことを好きなままでいてくれるのか?」
焦りを含んだノクティスの声が、震える肩が、俺を見る目が、全てが嘘のようだ。
プロンプトはもう逃げようとはしなかった。
自由な片手でノクティスの頬に手を添え、無理やり微笑んで見せた。
「ノクト、ありがとう。こんな俺を、そこまで想ってくれて」
「ああそうだよ、ずっと好きだった。俺も、お前を」
その言葉は、ずっとプロンプト自身が望んでいたものだった。
「お前から言ってくれるの待ってたよ、ずっと。なのに言わねーから。おまけに体調まで崩して、俺のせいで、お前が弱っていくの、見てられなかった」
ノクトには何もかもお見通しだったんだね。嘘みたいだよ、ノクトが俺のことを好きだなんて。
肩を掴んでいたノクティスの手がプロンプトの頬へと移る。どうしようもないくらい優しく撫でられ、体の震えは止まった。
「逃がさねーから、お前のこと。やっと捕まえたんだ」
「逃げないよ、ノクトから逃げるなんてありえない」
「お前のことずっと閉じ込めておきたい、誰にも触らせない。なぁプロンプト、俺のこと怖いか?」
「怖くない」
たまらずノクティスを抱きしめた。まるで小さな子をあやす様に頭を撫でてやると、ノクティスも自分の背へ腕を回してくれた。
「そうか」
ずっと険しかったノクティスの表情が柔らかいものになり、声も落ち着いたように優しくなっている。
しばらくお互い無言のまま抱き合っていた。これが何を示す行動なのか、きっと二人とも分かっていない。
「…ノクト、俺のお願い聞いてよ」
耳元で囁く様におねだりをした。ふ、とノクティスの笑う声が聞こえる。
「ああ、良いぜ。なんだって叶えてやる」
「俺以外の人を見ないで。喋らないで。ずっと俺の隣にいて」
「わかった。お前も、俺のことだけ見てろ」
「勿論だよ、ノクト」
きっとこのまま、俺はずっとノクトと一緒にいるんだ。
夜を越え、朝日がめぐり、日が落ち、また夜が訪れようとも。
プロンプト・アージェンタムは、きっと今日も眠れない。