サイレン

今までそばにいることが当たり前で、例え遠くに離れることになったとしてもこの友情は変わらない。
ずっと、そう信じていた。
だけど現実はそうはいかなかった。
いつの間にか有名人になってしまった幼馴染の名前をメディアで見かける度に、なんでこいつはここにいないのだろう、と思うようになってしまった。
レッド。名前を頭の中で呼んで、グリーンはため息をつく。別に相手の存在がどうなろうとオレには関係ないし、なんて強がりが出来なくなっていた。

旅をしていた頃のグリーンはとにかく強くなりたい一心で、レッドの背中を追いかけてばかりいた。(だけどレッドはグリーンの背中ばかり追っていたと言う)
旅が終わった後は、二人の友情はより深まった。ライバルと呼び合える関係になった。隣に並んで立っていてもおかしくはない、そんな二人になれた。

でもレッドが姿を消してから、その関係は変わり始めた。
レッドがいなくなってグリーンは変わった。競い合えるライバルがいない、気軽に話せる友人がいない、そしてなにより思い焦がれる相手がいなくなってしまったのだから。
この友情がいつ恋心になったのかは知らない。気が付けばここにはいないレッドの顔を思い出そうとしたり、かと思えばレッドのことを考えないようにしてみたり。
そして仕舞には夢にまで出てくるようになって、グリーンは気が付いた。ああ、オレってレッドのことが好きなんだ、と。

そこから数年後、どれだけ必死に探しても見つからなかった想い人がジョウトのチャンピオンに負けたとかなんとかであっさり帰って来て、しかも自分が治めるジムのある町の近くの山にいたなんて知りグリーンの頭の中はからっぽになった。
今までごめんね、となんでもないように言うレッドの前で涙が止まらなくなった時、彼はやっと自覚した。オレ、こいつがいないと駄目なんだ。頭の中では分かっていたのに、いざ本人を目の前にすると溢れる感情は抑えが利かなくなった。

二度とオレの許可なく勝手にいなくなるな、心配させるな、頼むからもう置いて行かないでくれ。そう言えば、レッドは困ったように笑って、「うん」と頷いた。
「約束、する」
伸ばされたレッドの手がグリーンの涙を拭ったかと思うと、そのままキスをされた。

募らせてきたレッドへの想いが通じたと感じたと同時に、少しの迷いが生まれた。
きっと自分だけでなくレッドも同じだったのだと照れくさくなり、昔のように無邪気に触れ合うことが難しくなる。
先に行動したのは意外にもレッドの方で、戸惑うグリーンの手を両手で包むように握ると、そのまま耳元に顔を寄せた。
「ずっと、きみが欲しいと思ってた」


レッドとの関係が進んでも、しばらくは友情の延長線上のような時間が続いた。
だけどその時もついには終わり、もっと先へ行く時が来てしまった。
幼い頃に故郷で遊んでいた時も、旅に出てバトルをしていた時も、この先何があってもレッドと一緒なら怖いものなどないと思っていた。
だけど、それでも怖い時は怖いものだ、とグリーンは目の前の事態に思わず目を瞑る。
はじめてのことは誰だって恐怖を感じるだろう。例えそれが、幸せなことだったとしても。

ベッドの上で頬、肩、胸、腰、そして脚へと順番に熱のこもった手が触れてきたとき、どうしたって体が強張ってしまう。
擦れるシーツの音がいつもより大きく感じる。一体、どれだけ緊張してしまっているのか。
「グリーン、力抜いて」
「そんなこと言われたって」
無理なもんは無理、と顔を背けると、わざと音を立てながら全身にキスを落とされる。
「僕だって怖いよ」
「……」
カーテンを閉め切った薄暗い部屋なのでよく見えないが、きっとレッドは困った顔をしているのだろう。
お互いどれほどの知識と経験があるのかをすり合わせたことも無いが、きっと似たようなものだろうと思っていたのに、何故だかグリーンは負けた気になってしまった。
「グリーンと一緒にいる時に僕が何を考えてたか、これから全部教えるから」
最後に口に塞がれて、もう逃げられないなと確信する。
目を閉じてさえしまえば、怖いものは全部無くなってしまえば良いのに。
そう願いながら、グリーンはぎゅ、と瞼を閉じた。

「あッ、レッド、レッド…」
きっと涙でぐしゃぐしゃになっている顔を見られたくなくて、枕に顔を押し付けながら必死に痛みから逃げようとした。
背後から自分を抱えるレッドは、今どんな顔をしているのだろう。
「グリーン、ごめんね、大丈夫だから」
ぐい、と持ち上げられる腰と、その奥に収まる質量が信じられなくて目の奥がちかちかする。本当にこれは自分の身体なのか、とグリーンは先程から混乱しっぱなしだった。
一点をこすられた時、思わず高い声が出てグリーンの体は一層強張った。
「や!やだ、やだッそこ、レッド、だめだって」
「……ッ」
反射的に嫌だ駄目だと繰り返すも、レッドの動きは止まらないし、返事も無い。
最早自分も相手もどうなっているのか分からない行為が終わるまで、グリーンはずっとレッドの顔が見られなかった。


痛みと快楽は似ているようで違っていて、やっぱり少し似ていて、というのが素直な感想だった。
何が何だか分からないうちに終わってしまった行為にぐったりとしてしまったグリーンの代わりに、レッドが後始末をする。
「ごめん、大丈夫…って、平気なわけないよね」
ごめん、と何度も謝るレッドに「もういいから」と掠れた声で返事をすると、枕に沈んでいる頭をそっと撫でられた。
「こういうの、初めてだったんだけど」
そう話すレッドに「そうなのか」と返したくてももう声が出ない。代わりに小さく頷くグリーンの横に、レッドも並んで横になる。
「誰かと比べられてたら嫌だな、なんて、思ってるんだけど…」
だんだん小さくなる言葉尻に、思わず吹き出してしまう。
比べる相手なんか、この先一生現れないさ。そう伝えたくて、重い腕を上げてグリーンはレッドを抱きしめた。
それに応えるように背中に回される腕がまだ熱くて、胸の中が苦しくなる。


一度一線を越えてしまえば、その後は自然とそういうことが続くものだと思っていた。
実際、幾度となくそういう雰囲気になった。交わった視線に熱が籠ればキスをする、腰に手を回し回され、その続きが訪れるものだとばかり思っていた。
だけど、そんな時は来なかった。グリーンが自分からさりげなく(きっと上手くいっている)そういう雰囲気に持って行っても、キスはしても、その先が無い。上手く交わされてしまうのだった。
(もしかして、オレ何かやった…?)
レッドが嫌がることは避けてくるようなことをしたのは振り返ってみるが、思い当たることが無い。
それどころか以前よりも会話が多い気がするし、喧嘩や口論だってしていない。
何も言わない恋人に不満を覚えたりもするが、いつか自分から言い出すだろう、そう思ってグリーンは自分からは手を出さず、レッドの好きなようにさせてみることにした。


そんなことをしている間に、はじめて体を重ねた日から気が付けば数か月が経とうとしていた。
流石にここまでくるとレッドは自分に不満があるのだろう…と、グリーンは不安になって仕方がなかった。
今日はレッドが自分の借りている部屋に泊まりに来る。いいチャンスだと思い、ついにグリーンは行動に踏み切ることにした。

「風呂、先使っていいぞ」
夕飯を食べ終え片づけをしてくれていたレッドにそう伝えれば、何も疑わず風呂場に直行するその姿に少し罪悪感を覚える。
今日は少し仕込みがあった。グリーンはポケットに忍ばせていた空の小さな袋を取り出す。
それは、入浴剤の袋だった。だけど市販の入浴剤などではない。裏面の製品詳細をぼんやりと眺めた後、ぐしゃぐしゃと潰しごみ箱へと投げ入れる。
これは何も言ってこないレッドが悪いのだ。そう自分に言い聞かせ、グリーンは恋人のいる風呂場への入り口へと視線をやった。

しばらく時間をおいて、グリーン自身も風呂場へと向かう。ざーざーと流れるシャワーの音で、レッドはこちらには気が付いていないようだった。
風呂場なので当然と言えば当然なのだが、扉の向こう側にいるレッドのことを考えると服を脱いでいく手がやたらと鈍くなる。
やっと準備が出来て扉を開けると、ぎょっと驚いたレッドが見たことないほど目を見開いてこちらを見ていた。
「グリーン、な、なんでッ」
上ずった声が面白くて、思わず口の端が上がってしまう。が、何食わぬまま後ろ手で扉を閉め、グリーンはシャワーを浴びていたレッドの横に立つ。
「別にいいだろ、自分ちの風呂だぞ」
「それはそう、だけど」
「ほら、洗ってやるから」
片手でシャワーを奪い取り、もう片方の手で流れる湯の勢いを弱めながらレッドの体に触れていく。
「じ、自分でやるから…」
「お前がもたもたしてるのが悪い」
レッドが黙ってしまったので、互いの体を洗うことに集中する。
こんな明るい場所で裸を見るのは子どもの時以来だったので恥ずかしさはあるが、今はそんなことを気にしていられなかった。もっと重要なことが、この後待っているのだから。

シャワーの後、大人しくしていたレッドの腕を引き浴槽へと同時に浸かる。
男二人でもなんとか入れるサイズだったので向かいあう形で座ると、レッドが違和感を覚えたようでそわそわとし始めた。
「ねえ、なんか…変じゃない?」
「なにが?」
わざと何も気が付かないようにそっけなくすると、レッドは浴槽の湯を両手で掬い上げた。
「ほら、なんかどろっとしてるというか…匂いも、なんか甘い気がする」
「ああ、入浴剤いれてるから」
薄いピンク色の最早お湯と呼んでいいものか分からない液体が、レッドの指の隙間からどろどろと流れ落ちる。
「最近の入浴剤って、こんななんだ」
何も疑わない無垢なレッドを眺めながら、グリーンはゆっくりと口を開いた。
「なあレッド、オレに何か言うことないか?」
「えっ」
両目をぱちぱちと瞬きさせるレッドに、グリーンは追い打ちをかける。
「オレのこと避けてるだろ」
「そんな、こと」
「じゃあ、なんであれ以来何もしてこないんだ」
率直な言葉をぶつければ、レッドは視線をずらす。ほら、図星じゃないか。グリーンは胸の奥が苦しくなるのを堪えながら、言葉を続けた。
「オレが何かしたか?そうだったら…」
「ッちが、きみのせいじゃな……!?」
突然呼吸が苦しそうになったレッドは胸を押さえ、なんで、と言いたそうにグリーンをじっと見据える。

「鈍いレッドくんも気が付いた?」
グリーンがわざとらしく微笑めば、レッドの視線が鋭くなった。
「…このお湯、入浴剤なんて嘘なんだろ」
「嘘なもんか。ただ、ちょっと人間を刺激する成分が入ってるだけで」
グリーンが使った入浴剤は、多少の催淫効果があるもの…所謂媚薬的な効果があるものだと素直に告げれば、レッドは立ち上がろうと腕を浴槽のふちについた。
「まあ待てって」
その手を抑え込むようにすれば、レッドの体からは途端に力が抜けた。
それを確認したグリーンが自分よりも大きくなった恋人の体に乗り上げるように距離を詰めれば、レッドにはもう為す術はなかった。
「オレの裸なんか見て興奮するくせに、なんで逃げようとするんだよ」
手を伸ばして質量を増したレッド自身を握れば、それに反応するように小さく声が漏れた。
「別に逃げてなんか」
「嘘つけ。オレが、どんな気持ちで待ってたか…」
すり…と握っていたそれを撫でてやると、どろりとした湯の効果もありレッドの反応が顕著になる。

「今日は逃がさねえから、覚悟して……ッ!?」
突然の違和感に、グリーンの声が裏返る。
見れば、レッドが背後へ手を回していた。そして一度だけ彼を受け入れたそこに指を這わせ、奥へ奥へと進ませている。
「おい、なに勝手に…」
「このお湯凄いね、前より簡単に指が入る」
ローションまみれになってるみたい、と言いながらレッドは指を動かしたままグリーンの胸へ口づける。
「あッ、何して、レッド」
入浴剤のせいなのか、いつもより荒い息が混ざり刺激が強くなっている気がした。
音を立てながら吸ったり舐めたりと舌先で弄ばれるのは屈辱だった。
恐らく自分の体の弱い部分を好きにされて力が抜けていく。よろける体をレッドに支えられるも、入口を広げようとする指は止まらなかった。
「待って、謝るから、ァ」
「今日は逃がしてくれないんでしょ?」
ようやく指が抜けたかと思えば体を抱えなおされ、グリーンの背筋がぞっと凍った。
慣らされた箇所に、レッドが今から何をしようとしているのかが分かる。
「な、なあ…オレ今、変だから」
「僕だって、ずっと変だよ」
君を好きになってから。
その言葉の後、先程よりも質量が増しているそれが入り込んでくる。
「!? レッド、あッや、やめ、無理…ッ」
「グリーンから仕掛けてきたんじゃないか」
ずぷずぷと突かれ、今まで出したことが無いような声が溢れて止まらなくなる。
「そう、だけど!ッそれは、ン、お前がオレを避けるからァ」
「ッ避けてたのは、こんな風に君が嫌がることをしたくなかったからだ…」
腰を掴まれ、何度も何度も奥にレッドが入って来る。
自分の体重のせいで前回よりも深く暴かれているようで、グリーンはこれが前と同じ行為なのか分からなくなっていた。
「あん、ア、やだッやだ」
「…前も、やだって言ってたよね」
だから我慢してたのに、君が…。
そう聞こえた声の返事は、嬌声の中へと消えていった。
「も…無理、ッレッド!ぁン、あ、イく、イくから」
「うん、いいよ」
ぎゅ、と抱えられる力が強まり一際強く奥を突かれた瞬間、もうどちらの熱か分からないぐらいグリーンの頭の中はぐちゃぐちゃだった。

「…で、最初の時にオレがやだって連呼したから我慢してたって?」
「うん」
風呂から上がり、ベッドの上でグリーンを介抱しながらレッドはこくりと頷いた。
「あー、オレのやだは否定じゃないって言うか…」
「それは知ってる」
何年一緒にいると思ってるの、と何故だかやたらと自慢げに言ってるものだから、グリーンは調子が狂ってしまう。
「だったら、なんで」
「だって、嫌われたくなくて」
僕の好きにしたせいで君に嫌われたくない、欲だらけの男だって思われたくない、とレッドは眉を下げる。
ああもう!かわいいやつ!そう言いだせない代わりに、グリーンがレッドの頭を抱えてぐしゃぐしゃとかき混ぜた。

「オレ、お前に何されても嫌いにならない自信がある」
「そんなの、僕だって」
「だったら」
下がったままの眉に口づけて、レッドを布団の中に引きずり込む。
「オレ、お預けくらってた分まだまだ足りないんだけど?」
「……それは、責任取らないと」
明日が休みで良かった。
頭の片隅でそんなことを考えながら、グリーンはもう一度レッドにキスをした。