キミと再会したあの日。あの日から私は、キミを守ることだけを考えて生きてきた。
今度こそ、私が守る。世界中のみんなが敵になろうとも、キミがどんな絶望の淵に立たされようとも、私が、必ず…。
この決意は固い。今も変わらない。
…ただ、私は再会するまで、キミの赤ん坊の姿しか知らなかったから、かしら。
どうにも、頭の中で思い描いていた状況とは、ちょっと、違うような気がする。
旅の途中のキャンプ地にて、皆がたき火を囲んで休憩していた。
マルティナもその輪の中に入り、丁度良い高さの切り株に腰掛け、たき火を挟んだ向かいである一点を真っ直ぐ見つめる。
その視線の先には、自分の生きがいともいえる勇者の姿がある。
そしてその隣には、彼が最も信頼しているであろう、青髪の青年の姿。
特別珍しい光景でもない。むしろ、これが普通。…たぶん。
マルティナと勇者が再会してから、彼の隣にはいつもあの青年がいる。
ベロニカ達の話では勇者とは一番付き合いが古いらしく、幾多の困難も共に乗り越えてきたそうだ。
ならば、強い信頼関係にあるのも分かる。きっと二人は自分には想像もできない絆で結ばれているのだろう。
それが悪いことというわけではない。むしろ良いことだろう。
でも、なんだろう。
「ちょっと、お互い近すぎない?」
思わず考えていたことが口から出てしまった。
「マルティナ様?」
慌てて手で口を塞ぐが、近くにいたセーニャには聞こえてしまったらしい。
「いえ、ちょっと…あの二人、いつもああなのかなと思って」
「二人?」
首をかしげたセーニャはマルティナの視線を追うと、その先にある二つの影を見てにっこりとほほ笑んだ。
「勇者様とカミュ様ですね。お二人は、とっても仲良しなのですよ」
「…ええ、そうね」
「? どうかされましたか?」
セーニャは、なんとも思わないのかしら?
それとも、男同士の友情とは、ああいうものなのかしら?
過去のことや身分のこともあり特別深い仲の友人を意図的に作ってこなかった自分は、その辺の事情が分からない。
それでも仲が良いからって、あそこまでベッタリなもの?
「勇者が歩くとき、彼がいつも隣にいるのよ」
「? そうですね」
「戦闘の時も、いつも肩を並べていて」
「お二人は息がぴったりですので」
「この間は、カミュが勇者に…ご飯を…その、食べさせてあげてたわ」
「勇者様は猫舌のようで、カミュ様がフーフーしてくださっていました」
カミュ様、お優しいですよねとほほ笑むセーニャに乾いた笑いしか向けられなかった。
「でも、そうですね」
「セーニャ?」
「カミュ様は、勇者様に特別お優しいと思います」
だよね!?と思わず叫びたくなったのを堪え、「そうよね?」と落ち着いた口調で頷いた。
「でも、それは」
セーニャが目を細め、少し俯く。
たき火の明かりが彼女の頬を優しく照らし、どこか悲しげな表情がはっきりと見える。
「カミュ様が、勇者さまのおつらい過去を、よく知っているからだと思います」
顔を上げたセーニャが再び勇者とカミュに視線を向ける。
何か談笑をしている二人は、時折ふざけあったり、肩を叩いたり、笑いあったり、つらい旅の途中だというのに年相応の表情を浮かべていた。
「私は、勇者様が旅立たれた時のことは話でしか知りません。ですがカミュ様は、違います」
「……」
「カミュ様は勇者様の色んな表情を知っています。私たちには知らないことを、いっぱい…」
「…セーニャ」
彼女の話を聞いて、少し自分が恥ずかしくなった。
セーニャよりも後に仲間になった自分が勇者の何を知っているというのだろう。
自分が守るべき存在をやっと見つけて、自分がいるべき場所に先客がいたことに戸惑っていたのかもしれない。
弟のように思っていた存在に、先に兄ができてしまった。では、自分の居場所は…。
「だからカミュ様は、きっと少しでも多く勇者様に笑っていてほしいのだと思います」
でもそれは、私たちみんな同じ気持ちです!とセーニャは強い口調で言う。
「すみません、私ったら想像で、こんな…」
「いえ、よく分かったわ」
ありがとうセーニャ、とお礼を言うと、少し頬を赤くしたセーニャがはにかんだ。
「おーいお前ら、さっきから何話してんだ?」
気が付くと、すぐそばに話題の青年が腕を組んで立っていた。
勇者の姿は見えない。
「さっきからずっとこっちのこと見ながら話してたろ?」
「いえ、勇者様とカミュ様は本当に仲がよろしいのだとお話ししておりました」
「はぁ? なんだそれ」
「ふふ、そのままの意味、ですよ?」
セーニャが意地悪っぽく笑う。彼女、こんな顔も出来たのねとどこか感心してしまう。
「ねぇ、カミュ」
「なんだよ?」
少し不機嫌そうな青い瞳が揺れている。綺麗。この瞳に、いつも彼が映っているのね。
「彼を、…私たちの勇者を、よろしくね」
「…」
そんなこと言われなくても分かってるとでも言いたそうに、カミュが眉を寄せる。
「どうしたの?」
そんな時、勇者が戻って来た。
「別に、なんでもねーよ」
「? そう」
もう行こうぜ、とカミュが勇者のを軽く叩く。
あ、とマルティナは目を見開く。
カミュの勇者を見る瞳。さっきまでと色が違う。
優しい青色。深い海のよう。冷たい色のはずなのに、あたたかい。
二人の見えない信頼関係に少しだけ触れたようで、少しいけないことをした気持ちになる。
カミュの後ろを歩きテントに向かう勇者が立ち止まった。
そして振り返るとマルティナをじっと見つめる。
どうしたのかと思い声をかけようとすると、人差し指をそっと唇に当てた。
「…」
そう、そうなのね。
二人の関係に口をはさむのは野暮ってものかしら。
まだまだ子供だと思っていたのに、違ったみたい。
カミュは彼の兄なんかではない。
そう確信したマルティナは笑顔で勇者に手を振ると、勇者も笑顔を返しカミュの後をついて行った。
「なぁんだ、そんなに気にすることじゃなかったのね」
はぁ、とため息が出る。
「ふふ、そうですよ。お二人のこと、見守ってあげましょう?」
「そうね。…何もしなくても、大丈夫そうだけど」
「それはありますね」
ゆらゆら揺れるたき火の影が弱くなっている。
おしゃべりの時間は、もうお終いのようだ。