嘘でもかまわない - 3/4

「何が口でしてくれたらすぐ出そうな気がするだクソッタレ!」
 口元を拭いながらベジータは怒りを悟空にぶつけていた。それもそのはずだ、散々好きに扱われ口淫をするはめになったのだから。
 あの後、口で受け止めたものをベジータは一滴残さず飲み込んだ。ごくりと喉が上下に動く瞬間に、悟空は再び昂りそうなのを抑えるのに必死だった。
「だから謝ってるじゃんか。それにオラちゃんと嫌じゃなかったらって言ったぞ」
「謝ればいいってもんじゃないだろうが!……嫌とか嫌じゃないとか、そういうことじゃないんだ」
 それ以外の理由が思いつかず悟空は不思議そうにしながら乱れた服を直していた。先程の行為を思い出してまた勃ちそうになるので首を振り邪念を払う。ベッドの縁に座るベジータの横に腰を降ろすと、小さくため息をついたのが聞こえた。
「オレは戦闘民族だ。強くなることが全てなんだ。その為には、悔しいがお前が必要不可欠なんだ……あとは、分かるだろう」
 ベジータが悟空を求める理由は、悟空にはとんでもない力があるからだった。無限の可能性を秘めた才能にベジータは何度悔しい思いをしてきただろう。だけど、その存在のおかげで気づけたことも学んだことも多い。今より強くなるためには、悟空がいなければならなかった。
 だから、興味があるのはあくまで悟空という人間ではなく悟空が持つ力と能力だ。そう思うと面白くない。そんなことを考えていることを気づかれたくなくて、悟空は後ろ頭をがしがしと掻いた。
「……そうだったな。さて、組手やるか?今からならどっか手ごろな場所に移動すれば……」
「いや、今日はもういい。お前の無駄にでかいやつのせいで顎が外れそうだ」
 でも、と続けようとしたが、はやく帰れと追い払われてしまう。直接家に戻る気にはならなかったのでCCから飛び出した後は適当に上空を飛んで、ぐるぐるとおかしな方向へと進んでしまいそうな頭をすっきりさせようとした。
 だけど、思い浮かぶのは自分のモノを咥えたベジータだった。このままでは良くない。その日悟空は、頭を冷やすために一人で修行に明け暮れた。

 * * * * * * * *

 翌日、悟空は一人で家から離れた山奥へと来ていた。新鮮な空気を吸うことで雑念を払えば、いつか普段通りにベジータと接することができるようになれるだろうと考えたからだ。
 ただひたすらに森の中を散策してみたり川で魚を釣ってみたり、戦闘に関することからも距離を置いてみようとした。修行を行えばどうしてもベジータのことを思い出してしまうことは明白だ。今の自分にはこういった時間が必要だとひたすらに言い聞かせた。
 だというのに、肝心の相手がそれを許してくれないようだった。徐々に近づいてくる一つの気に悟空は慌てるが、逃げたところでどうしようもない。その場に立ち止まり、気の主がやって来るのを待った。

 しばらくすると、戦闘服に身を包んでいるベジータが目の前に降り立った。
「カカロット、どういうつもりだ」
 開口一番、昨日に引き続き不機嫌そうな面持ちで吐き捨てる。今の悟空の様子を察したのか、声にはため息が混ざっていた。
「こんな所でくすぶりやがって。いつになったら元に戻るんだ貴様は」
「そ、そんなことオラに訊かれたって」
 どうにかして追い返そうとするが、何も思い浮かばない。動きの無い悟空を前に、ベジータは戦闘態勢に入った。
「構えろ、カカロット」
「へ……?」
「ここでオレと戦え。オレに勝てばなんでも一ついう事を聞いてやる。ただし、オレが勝てばお前も従ってもらうぞ」
 ベジータからは本気であるという正銘の気迫が感じる。これはもう、逃げられないらしい。なんでも、という言葉に釣られてしまっているのもある。
 悟空もその場に構え、二人の間を静かな風だけが通り抜けた。

 超化無しのただの組手ではあったが、結果としてはベジータの勝利だった。途中までは悟空が優勢であったが近づいて来たベジータから一瞬だけ視線を逸らしてしまい、その隙に重い一撃を喰らってしまったためだ。
 悟空は腕で汗を拭いながら、何も言わないベジータに恐怖すら感じる。また、やってしまった。ベジータの納得いく勝負が出来なかった。彼と目を合わせることが出来ず、視線を落とした悟空は地面に胡坐をかいた。
「カカロット、約束は守ってもらうぞ」
 ベジータが悟空の前に仁王立ちになり、恐る恐る顔を上げる。すると、どうだろう。いつもは鋭い目が少し寂しそうにしている気がして、悟空にはそれをまっすぐ見ることが出来なかった。
 ベジータは小さく息を吸い、先程よりも気迫の減った声で話し始めた。
「話せ、全部。貴様はまだオレに隠していることがあるだろう」
「……なんだって?」
 悟空にはベジータの言っていることが分からなかった。多少ぼかしたとは言え今抱えている悩みについては話したし、他に隠し事などなにも無い。うんうんと頭をひねってみるが、やはり何も思いつかない。
 何も言わない悟空に痺れを切らしたベジータは、ダンッと音が響くほど地面を片足で踏み鳴らした。
「心臓病にかかっていたことがあっただろう。……あれが再発したか、もしくは他の病気に、かかっているんじゃないか、と……」
 だんだんと言葉尻が小さくなるベジータの声に、悟空は声をあげて笑った。するとベジータはわなわなと肩を震わせ、今にも突っかかって来そうな勢いで「笑うな!」と叫んだ。
「ああ、オラのこと心配してくれてたんだな!でも大丈夫、病気なんてしてねぇから」
「だったらなんでだ!溜まってるだけだなんて、おかしいだろうが!」
 こちらに背を向けるベジータの耳は真っ赤になっていた。なんだ、可愛いところもあるもんだと悟空はどんどん上機嫌になる。
「そうだろうな……うん、オラは今おかしいんだ。ベジータのせいでさ」
 言った後に、しまった、と悟空は両手で口を塞いだ。だがしっかりとベジータの耳には届いてしまっていたようで、神妙な面持ちでこちらを振り返っていた。
「オレのせい、とはどういうことだ。はやく話せ」
「え、えっと……」
 ベジータの気迫に思わず後ずさるが、ぐいぐいと距離を詰められついには背に岩壁がぶつかり逃げ場は無くなってしまった。見下ろせば、昨日と同じようにこちらを見上げるベジータの顔がある。どこまで話していいものかと並んでいると、ベジータが口を開いた。
「オレは何を聞いても驚かん。誰に話すつもりもない。だから、話せ」
「……本当だな?」
 好敵手が頷くのを見て、悟空は心に決める。ああもう、どうにでもなれ。ベジータの肩を掴み顔を傾け、口を重ねる。すると胸を押され、ベジータは一歩下がってしまった。
「だ、誰かこんなことをしろと言った。俺は隠していることを話せと言ったんだ!」
「だから、これが隠してたことだ。言葉で伝えたって、冗談だと思ってお前は信じねぇだろ?」
 まだ信じ切れていないのか、ベジータの目は動揺の色をしている。悟空をじっと見つめ、何か言葉を探しているようだった。
「ブウと戦った後ぐらいかな。ベジータといると変な気になっちまうことに気が付いて避けてた……まともに修行もできねぇしな。悪い、こんなことに巻き込んじまって」
 ベジータにははっきりと拒否されたが、悟空の心はどこか清々しかった。これで良かったんだ。これより先に進んだところでどうにもならないし、お互いの為に良くない。平気な振りをしようと、いつものように笑ってみせた。
「さあ、もう行ってくれ。オラと一緒にいたくねぇだろ」
 ベジータは、いつかの様に遠くへ飛んでいくと思った。だが、どうだろう。再び悟空へ近寄ると、今度はベジータから悟空がしたように口を重ねてきた。
 思わぬ行動に悟空が固まっているとにゅるりと舌が入り込み、気が付けば夢中で絡ませていた。荒くなる吐息が混ざり、密着する肌は熱くなっていく。もう止まらないだろう。だけど、なぜ。
 悟空の言いたいことに気が付いたのか、顔が離れるとベジータは意地悪そうににやりと口の端を上げた。
「オレのせいで貴様はおかしくなったんだろう?もとよりここへ来た目的は貴様を正常に戻してオレが強くなる為に役立ってもらうことだ」
 今度は啄むように軽いキスを受ける。わざとらしく小さなリップ音を立てられ、悟空はついベジータの腰を抱き強く抱き寄せた。
「憎らしいことにオレはいつも貴様を追う側だった。だからだろうな、貴様にこんなにも求められるのは、悪い気がしない」
 ベジータの腕が悟空の首に回され、もう隙間なんて無いのではないかと思えるほど距離が詰まる。
 熱に浮いた目も、上気した頬も、小さな口も、全部欲しくなってしまった。