::グリーン視点
昔々、グリーンの幼馴染のレッドはとても泣き虫な少年だった。
少し目を離しただけで転んでは泣いていたり、怖い夢を見たと言って泣いていたり、まだトレーナーではなかった頃に野生のポッポに襲われたて泣いていたのを今でも覚えている。レッドが泣くたびにグリーンはやれやれと手を差し出し、悪態をつきながらもその小さな手を握っては「大丈夫だから」と笑ってみせていた。
ある日、グリーンは祖父と喧嘩をして遊びに来ていた研究所から飛び出した。背後から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、いつものことだと言ってきっと追ってはこない。そんなことまで分かってしまう事実が、ひどく悲しかった。
目尻にたまる涙が溢れだしそうになった瞬間、少し離れたところからこちらに視線を送られていることに気が付いた。
「……グリーン?」
声の主はレッドだった。こんな姿を幼馴染に見せたくなくて背を向けようとした時、近寄ってきたレッドは何かを差し出してきた。
「なん、だよ……」
鼻をすする振りをして涙を誤魔化していると、レッドは幸せそうに笑いながら両手に抱えている白い箱を開けて見せた。
中には小ぶりなケーキが1つだけ入っていた。それは子どもが好むようなフルーツやクリームがいっぱい乗せられているものではなく、どちらかと言えば上品に仕上げられた見るからに高級そうなものだった。
「これ、お母さんがハナダへ行ったお土産に買ってきてくれたんだ」
「そうか、良かったな」
「うん、……だから、グリーンと一緒に食べたくって」
ケーキは、とても二人分のサイズには見えない。レッドの母がレッドの為にと買ってきたものであることは一目瞭然だった。
「お前が一人で食べればいいだろ」
「だって、おいしいものって一緒に食べたらもっとおいしいんだよ」
だから、半分こしよう。そんなことを口走るレッドの目は、普段よりもきらきらと輝いている。気が付けば、涙なんて引っ込んでしまっていた。
チャンピオンになるのって、思っていたよりもずっと簡単だ。そう思いながらグリーンは、広く無機質な部屋の真ん中でレッドを待っていた。
8つのジムをまわってバッジを集めて、強そうなポケモンを捕まえて育てて、覚えさせる技の構成を考えて、相手が嫌がる戦略を練る。そして最後には、リーグで待ち構える四天王に勝ってしまえばあっという間にチャンピオンだ。
と、言葉にしてしまえば簡単なことだ。実際はそう甘くはない。捕まえたいポケモンにすぐ出会えるとは限らないし、バトルの相手によって戦略を練り直さないといけないし、全ての手持ちがいつだってコンディションが整っているわけでもない。何より自分が一番不安定な状態だなんてことは分かっていた。
いつからか前しか見えなくなった。後ろを振り返ることがなくなった。だって、後ろにはレッドがいる。バトル以外であいつの顔を見れば、手に入れてきたものを全部失ってしまいそうで怖かった。
レッドは泣かなくなった。記憶が正しければ旅に出た頃からだ。以前よりも顔を合わせる回数が減ったからかもしれないが、口数も減った気がする。あの眩しい笑顔を見せなくなった。一体、どうしてしまったというのか。
だがそれと同時に、グリーンも自分自身が変わってしまったことに気が付いていた。しかし、これはきっと悪いことではない。人として、何よりトレーナーとしてお互い成長したからだ。必死に自分にそう言い聞かせた。
そうしている内に、部屋のドアがゆっくりと開かれる。
(もうすぐ、もうすぐ、オレが手に入れたもの、全部レッドに見せることができる)
胸の高鳴りと期待と興奮と、ほんの少しの不安のせいだろうか。目の奥が、ほんの少しだけ熱くなった。
レッドがカントーチャンピオンの座を放棄して、3年が経った。
リーグで自分を負かした癖にどこかへ消えてしまい、それからなんの音沙汰もない。生きているのか死んでいるのかさえ分からない。
(どっかで元気にやってんのかな)
彼を探そうとは思わなかった。だって、消えたのはレッドの意思だ。探しだしたところで何になる。
それに、レッドに負けたあの日、グリーンは彼の前で盛大に泣いてしまったのだ。正直3年経った今でも気まずい。最後に握られた手の感触を思い出すことはあっても、あの時のレッドの顔がどうにも思い出せない。
レッドの消息が分からない一方で、グリーンはトキワジムのリーダーになっていた。いろんなトレーナーとバトルが出来るのは楽しいし自分の勉強にもなる。だけど、あの頃の自分たちと同じぐらいの年齢のトレーナーとバトルをしたその夜は、決まってレッドに会いたくなる。ベッドの上で丸まって頭を抱えて、泣きそうになるのに涙が出てこなくて苦しくなるのだ。
(どうして、どうして、レッドはここにいないんだ。お前がここにいてくれれば、あの日のように手を握ってもらえるのに)
自分の体を抱えるようにして、胸の奥の痛みが消え去るのを必死に待つ。こんな夜は、大嫌いだった。
レッドという男は無表情で、クールで、ポケモンバトルに関しては右に出るものがいなくて、そして自分勝手な男だった。少なくともグリーンはそう評価している。
いなくなったかと思えば突然「負けた」とだけ連絡を寄こしてきて、どこにいるのかと問えばシロガネ山と返ってきた瞬間、会ったら絶対何発か殴ってやると心に決めていた。
なのに、いざ数年ぶりにその顔を見た時はすっかり枯れたと思っていた涙が溢れだして止まらなくなった。力の入らない拳で広くなった彼の胸を数回叩いた後、二度とこいつを離してはいけないと本能が訴えてきたので飛びつくように抱きしめた。(なのにレッドは微動だにしなかった)
彼の肩に額を乗せるようにして、懐かしいにおいを肺にいっぱい吸い込んだ。決して身綺麗なんかではない泥臭いトレーナーのにおいがする。だけどこの汗のにおいさえも懐かしくて、綺麗な思い出の一部で、それだけで涙が余計に止まらなくなってしまう。次にレッドから離れてしまったら死んでしまおうとさえ思えてしまう程に、自分がどうしようもなくなっていることに気が付いた。
「……なんでオレ以外に負けてんだ、馬鹿野郎、どれだけ人を振り回せば気が済むんだ」
涙のせいで声が裏返りつつ、なんとか言い切った。するとレッドが「ごめんね」と一言だけ返してきたので、なんだかそれだけで全て許してしまいそうだった。
もう一度彼の背に回している両腕に力を入れて、やっと嫌いな夜が終わるのだと安堵した。
シロガネ山から下りてきてから、レッドは益々無口になっていた。言葉だけではなく、喜怒哀楽が分かりにくいと感じるほど表情が乏しくなっている。おまけに必要最低限しか喋らないので稀にまわりの人間が困惑しているのを見かけるが、不思議とグリーンは彼の感情を読み取ることが出来た。
だけど、だとしたら、自分がレッドの代わりになればいい。レッドが喋らないのなら代わりに自分が喋ればいい。レッドが笑わないなら自分が笑えばいい。レッドが泣かないなら、自分が泣けばいい。単純で簡単なことだ。
だけど、これって変な関係だ。それに気が付きつつも、グリーンはそんな自分を見ない振りをしていた。
レッドのおかげで、もうあの苦しい夜を迎えることは無いと思っていた。なのに、どうしてか泣きたくても泣けない夜が来る。
(レッド、レッド、レッド、レッド、レッド)
頭の中で何度も名前を呼んだって、彼はここにいない。もうあの日のように手を握ってはくれない。
夢の中で見るレッドはグリーンに触れない。ただ前を歩いているだけだ。
いつから追いつけなくなってしまったのだろう。いつからあの手を握り返せなくなったのだろう。いつから、胸の奥に黒いどろどろしたものを抱えるようになってしまったのだろう。
苦しい。なのに涙が出ない。レッドがいなきゃ泣けない。だって、だってオレは。
ある日、成人してから自分を誤魔化すのに酒はとても便利だと気が付いた。
誘われた時以外に飲むことはしてこなかったが、酒は何かの言い訳に使えるのだと知ってしまった。一度知ってしまえば辞められないのが人間というもので、グリーンもそのうちの一人だった。
無性にレッドに会いたい夜にアルコールを体に入れて、いつの間にか彼に電話していて、そして次の瞬間には自分の部屋の玄関にレッドがいた。
彼を呼んだ記憶がまったくなくて、だからこれは悪い夢なんじゃないのかとさえ思った。力の入らない体をレッドに預けながら、グリーンはぽつぽつと話し始める。
「なあレッド、知ってるか」
「な、なに……?」
少し驚いたようなレッドの声に妙なリアルさを感じながらもグリーンは続ける。
「オレさあ、レッドの前以外で泣いたこと、ないんだ」
他人の前で正直になるのは難しいのに、どうしてこんなことを話してしまったのだろう。
だけど、もういいか。だって本当のことなんだ、仕方がないだろう?
「お前は余計なことを言わないで、ただそこにいてくれる。それがオレにとって、どれだけ……」
気が付いたら目の前いっぱいにレッドの顔があって、口を塞がれていた。ぬるりと入り込んでくる舌のせいで頭が覚醒していく。あれ、これって夢じゃないんだ。
荒くなる互いの息が心地いい。なのにレッドが離れてしまい、代わりに大きな手で顔を包み込まれた。
糸を引いた唇に視線を奪われると同時に、熱のこもったレッドの両目を見て心臓がうるさくなったのを感じる。そうか、オレってこいつのことが好きなんだ。
それからグリーンは、泣きたい夜もそうでない夜もレッドを部屋に呼んだ。だけどレッドが来ると、どうしても涙が出てしまう。昼間に顔を合わせている時は笑っていられるのに、どうして。グリーンには理由が分からなかった。
涙を流すたびにレッドは彼にキスをした。それは親が子をあやす様な優しいものからだんだんと熱がこもる様になり、いつもその直前に離れてしまう。それが名残惜しくて、もっとと強請れれば良いのにと思いつつ、グリーンは行動には移せなかった。
そんな時に、一度だけ涙をレッドに舐められたことがある。驚いていると「おいしくない」なんて言うものだから、その時は思わず笑ってしまった。
だけどそれと同時に、レッドが自分にするキスは求めているものとは違うのだと気が付いた。胸の奥が、ぽっかりと穴が空いてしまったようだった。
その夜は、レッドが帰っても涙が止まらなかった。それを言い訳にはしたくはなかったが、自分を慰める方法なんて1つしか知らないから情けなく思いながらもその行為に溺れた。
ベッドの上でレッドに触れてほしいと思った箇所に順に触れていく。もっと、もっと別の熱が欲しいのに足りない。下へと向かう手が慣らされていない箇所に触れて、ますます涙が止まらなくなる。
(こんな、こんなこと、どうして)
液体を纏った指がナカをどんどん押し広げて、ぐちゅぐちゅとかき混ぜて、その度に小さく声が上がる。レッドが戻って来てから、どんどんこの行為に夢中になっていた。
イイところなんてとうに知り尽くしている。擦る様に自分で触れて、熱が集まるのを感じて声が抑えられなくなっていく。
「あ、ぁっあ、は、あ、あっ」
熱が吐き出されて、はあ、と重たい溜息が出てしまった。こんなこと、もう終わりにしなければ。
レッドとの妙な関係を終わらせたくて、これを最後にとレッドを部屋に呼んだ。涙を流さず普通に接していれば、元の関係に戻れるかもしれない。そう思っていたのに、レッドが土産だと言って以前自分が話した酒を持ってきたので計画は台無しに終わる。
アルコールに意識を乗っ取られながらも、傍に座っているレッドはちゃんとそこにいてくれる。自分が駄目になればなるほどレッドに依存していく。こんなこと、さっさと終わらせたいのに。
それが口に出ていたのか、レッドが徐に口の前あたりに指を出してくる。しばらく眺めた後、いつもはしているキスがないせいか口が寂しくて、ついそれを舐めてしまった。
少し驚いた様子のレッドの表情が面白くて、今度はぱくりと加えてみる。舌先で遊んでやれば、やり返す様に指が曲げられ口内をなぞられる。
「ねえ、グリーン」
熱のこもった声と、ほんの少しの期待。大丈夫、オレ達は何があっても変わることは無い。
見慣れた寝室のベッドの上に転がされて、自身の上に乗り上げるすっかりでかくなってしまった幼馴染を見上げる。部屋が暗いのではっきりと見えるわけではないが、きっと困った顔をしているのだろう。
ベッドの上で何度も何度もキスをして、頭がふわふわしてきて、だんだんと楽しくなってくる。いつかこうなりたいと思い描いていたからこの先の展開を待ちわびていると言うのに、レッドはいつまでも恐る恐る触れてくる。いい加減じれったい。ナカを触れてきたときだって何度も「痛くないか」と問うのを辞めない。ああもう、はやくお前が欲しいのに。
だけども慣れてきたからか、指の動きがスムーズになってくる。触れてほしいとこを押しつぶされた時、つい声を上げてしまった。もっと欲しくて、腰が止まらなくなってしまう。
すると少し気まずそうな表情のレッドが、しどろもどろに口を開いた。
「グリーンって、僕が思ってたよりも、その……」
「な、んだ……よ……」
隠したって無意味だ。だって、お前が何を言いたいかなんて、全部分かってるんだから。
「えっと、想像よりもずっとえっちな人なんだなあって思って」
いざ言葉にされると、やっぱり恥ずかしい。両腕で顔を隠すと、調子を良くしたレッドの声が降って来る。
「ねえ、自分で触ってたんでしょ……いつから?」
「……ぅ、ばか、ばか。そんなんだから、オレ以外に相手にされねえんだ!」
間違ってはいないのだが、正面から言われるのは耐えられない。
「いいよ、君にさえ相手にしてもらえられれば」
レッドが耳元に顔を寄せて来たので、堪らず「いれて」と呟いた。はやく、はやくお前が欲しい。
レッドとオレの間に壁はいらない。例えそれが、0.01ミリであろうと。
それを奪い取ってしまえば観念したレッドがナマで入口に入り込んでくる。くち、と音がして、待ちわびた瞬間ではあるが緊張で体が強張ってしまう。
「力、抜いて」
簡単に言ってくれると思いながら、脚を広げる。目の前いっぱいにレッドがいて、また泣きそうになってしまう。
そうしていると頭を撫でながら大丈夫かと問われた。
「……、へーき、だから」
本当は全然平気なんかではない。痛い、けど幸せだった。レッドが今一番欲しいと思っているのはオレで、オレが欲しいと思っているレッドがオレの中にいる。これが嬉しくないはずがないだろう。
必死に痛みに耐えていると、入口の浅いところをずんずんと突かれて声が溢れてしまう。
「ん、んッあぁ、あっは、ぁんっ、ん、はあ、あっあ!」
我慢していた涙までぽろぽろと出てしまい、声がとまらなくなる。
「ごめん、痛い?」
不安に思ったのか、レッドの動きが止まってしまう。
「ちが、ちがう……」
離れたくなくて手を伸ばすと「だけど」と返され、消え入りそうな声で必死にレッドを求めた。
「きもち、いい……ッだけ、だから、ぁ」
ナカでレッドに反応があったのが分かって、少しだけ気分が良くなった。
「や、あッあ、んっあっぁ、ッあ!」
絶頂を迎えたはずなのに、奥を突かれるたびに何度もレッドを締め付けてしまって、その度に自分の体もどんどん溶けていきそうになる。
「……ねえ、そんなにきもちいい?」
「きく、な……そん、なのッ」
止まらない涙も、目の前のレッドも、全部本物だ。なんだか信じられなくて、ずっとこのままならいいのにと思ってしまう。
「昔から、きみの…グリーンの、泣いてる姿が、好きだった」
いきなり何を言い出すのかと思えば、レッドの目が普段と違い鋭くなっていることに気が付いた。
「そ、んなの……この、へんたいが」
悪態をつくと、ずんっと更に奥を突かれて喘いでしまう。
「……好きに言っていい、けど、だけどッ僕を、こうさせたのはグリーンだよ」
なんの話をしているのか分からなくて黙っていると、ふいに「好きだ」と聞こえてきた。
何かの間違いなんじゃないかと思っていると、何度も好きだと繰り返される。
「僕以外のものにならないで、僕の前でだけ泣いて、でないと」
好きなのは、お前だけじゃない。オレだって、ずっと前から。
「なら、ないし……お前だけ、ッなんだ、よ。オレには、ずっと昔、からッ……、……」
言えば、安心したように微笑んだレッドにキスをされた。こんなに優しい笑顔のレッドをみたのはいつぶりだろう。
ずちゅずちゅとピストンを繰り返され、何度も絶頂を迎えた体はずっかり馬鹿になっている……気がする。
「れっど、も、無理……ぅ、とまって、え」
「ごめん、もうちょっと、がんばって……?」
ね?とあやす様に言われ、つい許してしまう。これは自分の悪い癖だった。
「ね、グリーンのなか、気持ちいいから」
「そん、なのぉ、あっ!あん、やぁ、あッあ」
自身からはすっかり薄くなったものが吐き出されるようになっている。自分を突く体にしがみついて必死に耐えてはいるが、もう限界が近いのが分かる。
「や、らあ、あ、またイッちゃ、う、もうやだ、ぁ」
「うん、いいよ、……涙、止まったね?」
目元にキスをされて、ひと際強く腰を打ち付けられたかと思えばどくどくと熱いものが注ぎ込まれた。一滴だって逃さまいと彼の腰に両足を絡める。
ぜんぶ、ぜんぶ、オレのなんだ。一つだって手放してやるもんか。耳かかる熱い吐息を感じながら、もう一度目の前の男を抱きしめた。
「子どものころに、お前がケーキくれたの、覚えてるか?」
眠りに落ちそうなレッドの横でそう話し始めれば、レッドは「覚えてるよ」と一言。
それが意外で少し驚いたが同時に嬉しくて、そのまま続きを話した。
「姉ちゃんやじいさんは、ああいう時は全部くれるタイプでさ。半分こって、初めてだったんだ。だからかな、オレ……お前となら、全部分けてやってもいい」
ふふ、と勝手に笑ってしまう。おかしなことを話している自覚はある。
「全部、って」
「全部は全部。人間ってさ、一人で生きていけないんだよ」
だから、と胸に顔を埋めるようにして抱きつく。他人の熱は、どうしてこうも人を欲張りにさせるのだろう。