atmosphere - 1/2

(勇者視点)

 僕の世界は、少し前までは狭い村の中だけだった。極端な言い方をしてしまえば、村は世界で親は神だ。
 それ以外を知らず、与えられず、信じるものも限られている。ただぼんやりと、遠くに見える空の向こうに存在するであろう知らない国や人のことを少しだけ想像してみる。本当に、それだけだった。
 だから、突然目の前に現れた青年に心を奪われてしまった時どうすることが最善なのかが分からなかった。急激に広がっていった世界、色、におい、全てに追いつかない。
 そもそも誰かに恋愛感情を持つのも男性を必要以上に意識することもはじめてのことだ。いつの間にか、旅だった時の興奮以上に僕は彼に恋焦がれてしまっていた。
 
 いつも僕の前を歩き迷いを見せず導いてくれる頼もしい背中を追っている内に、胸の奥の熱は焚きつけられる様に燃えていく。治まれと念じても勢いを増す一方で、彼の顔を見ることさえ難しくなっていった。
 そんな僕の態度が彼の機嫌を損ねてしまったらしい。旅の道中、あからさまに不機嫌な面持ちの彼がくるりと振り返りこう言った。
 「おい、言いたいことがあるんならはっきり言えよ」
 ごくり、と喉が鳴る。彼に対して嫌な感情を持っているどころか、むしろその逆なのだ。だけどそれを伝えられない。手を伸ばしたくなるのをぐっと堪え、届かない声を出そうとまるで魚のように口をぱくぱくと動かした。
 カミュ、僕は、僕は。
 言えない。駄目なんだ、どうしても。だって、こんなの彼にとっては迷惑に決まっている。
 視線を逸らして項垂れると、カミュはわざと大きなため息をついた。
「別に言いたくないなら良いけどよ。お前はもっと、オレのこと信頼してくれていると思ってた」
「ち、ちがっ……!」
 待ってくれと言いたくて咄嗟に前を行くカミュの腕を掴む。すると彼は体のバランスを後ろへと崩したので、 それを受け止めるように抱きかかえ二人揃って地面に向かって倒れ込んだ。

「カミュ、だいじょうぶ……?」
 下が草原で良かった。草がクッションになってくれたおかげで多少の痛みはあれどお互い怪我は無さそうだった。
 腕の中のカミュの様子を確認すると、腕の中で上目遣い気味にこちらを見ていた。
「……わるい、イレブン。オレは平気だけど、お前は」
「うん、僕も大丈夫」
 安心させたくて笑って見せると、カミュは困ったように眉を下げた。彼の顔が少し赤い気がして、慌てて上半身を起こした。
「もしかして、本当はどこか痛かったりする?」
 カミュの体も起こして、彼の身体に着いた葉っぱを払いながら顔色を確認する。外傷は無いけれど、どこかぶつけてしまったのだろうか。
「いや、何もない、大丈夫だから……」
 カミュは立ち上がると、僕に向かって手を差し出してくれた。
 その手を掴むと同時に、じんわりと何かが流れ込んできたような感覚に包まれる。優しいような、あたたかいような、離しがたい何かということしか分からないが、頭を動きを鈍くさせるには充分だった。
 手は掴んだまま立ち上がり再びカミュを見る。今度は彼から視線を外され、僕はそれにしっかりと傷ついていた。
 僕も、彼に同じことをした。
「カミュ、さっきはごめん。君は何も悪くなんかないんだ。僕が、僕が……ダメなせいで」
 逃げないでほしい、と言う代わりに自然と手に力が入る。
 嫌われもいい。彼が傷つくぐらいなら、その方が良い。すう、と頭の中がクリアになっていく。
「お前はダメなんかじゃ、ないだろ」
 伏し目がちに話すカミュに「聞いて」と言えば、大好きな澄んだ青色がこちらを向いた。
「ごめん、ごめんね。僕が、君のことを好きになってしまったんだ」

 * * * * * * * * * *

 カミュと言う人は、すごい人だった。何がどう凄いと言えばいいのか迷ってしまうぐらい、僕にとってただ一人の運命の相手だった。
 僕の突然に告白にも、たった一言「いいぜ」と返す様な、クールすぎる人なのだ。
「い、いいって何が……?」
 訊き返すと、カミュは口の端を持ち上げた。
「お前はオレのことが好きなんだろ? オレもお前のこと嫌いじゃねえし、どちらかと言えば好きな部類だ。だから、付き合ってやるよ」
 そんなことで良いのだろうかと、告白した僕自身が心配になる。僕は君を一人の男性として見ているということに、気が付いているのだろうか。
 肌に触れたいとかキスをしたいとか、そういうことを言っているのではない。もっとその先を想像したことが、あるのだろうか。

「そう言って貰えてうれしいけど……僕はその、君としたい、と思ってて」
「したいって、何を?」
 目を細め、カミュはまるで品定めでもするかのように僕の頭のてっぺんからつま先までを視線で覆う。服は着ているのに、体の隅々まで見られているようで気恥ずかしい。
「だ、だから……」
 口ごもっていると、カミュから僕にキスをした。ほんの一瞬の出来事であったが、確かに彼の唇が触れた。
 驚いて後ずさると、彼はけらけらと笑っていた。
「そんなんでどーするんだよ、オレと“シたい”んだろ?」
 カミュは腕を組み、ふふんと得意げな表情になる。悔しいが、彼の方が何枚も上手だ。口で勝てそうにはなかった。
「ちなみに聞くけど。お前はオレに入れたい?入れられたい?」
 こんな日の下で、まるで今晩の夕飯のメニューを訊ねるかのような口調に目がまわりそうになるのを必死に堪える。
「その…………できれば、い、いれたい……です……」
 どんどん小さくなっていく言葉尻に涙が出そうになる。カミュが一歩こちらへと近づき距離が埋まると、とんでもなく優しい手つきで髪をさらさらと撫でられた。
「よく言えました。……運命の勇者様のお願いだからな、聞いてやるよ。数日待ってくれればお前の相手してやるから」
 僕ばかりが優先されて、君の気持ちはどこにあるというのだろうか。カミュはなんでもないみたいに振舞うが、僕にはどんな軽いことには思えなかった。
 だって、世間知らずな僕でもこれは大変なことだと知っている。結果として彼に無理をさせているのではないかと不安になるが、それを見破ったカミュに肩を軽く叩かれた。
「心配するなって。お前はなーんにも不安に思うことなんかないから。だからイイコで待ってろよ?」
 本当に、そうなのだろうか。だけど今は彼の言葉を信じるしかない。
 数日待てという意味は分からなかったが、とりあえずカミュの言う通りにすることにした。

 * * * * * * * * * *

 数日待てというカミュの言葉を信じた僕は、本当にその通り何も彼に手出しはせず、求めもせず、ただ普通に今まで通りに過ごした。だと言うのに。僕の気のせいかもしれないが、以前よりもカミュの僕との距離が縮まった、気がする。
 武器屋で剣を見ていると「何見てるんだ?」と隣へやって来る時。宿で食事する際に隣へ座って来る時。テントの中で「寒いから」と身を寄せてくるとき。
 正直、気が気じゃなかった。何度も触れたいと思ったが、少し手を伸ばして、やめた。今掟を破ってしまえば、二度と彼には触れられない気がしたからだ。
 だからと言うわけでもないかもしれないが、あの告白の後もカミュとはこれといって恋仲らしい発展は無い。距離が近いことを除けば、そのほかは全て普段通りだった。

 約束の“数日”がどれぐらいなのか分からない僕は何も言い出せないままただ時が過ぎるのを待っていた。
 そんなある日、宿でシャワーを浴びてきたばかりのカミュが髪を拭きながらベッドに腰かけて荷物の整理をしている僕の隣に座った。髪は既にほとんど渇いていたが、少し上気した頬と濡れた毛先につい見とれてしまう。
 じっと見ていると、こちらの視線に気づいたカミュに「すけべ」と言われてしまった。
「す、すけ……だって君が、そんな恰好で隣に座るから」
「だったらなんだ。意識して困るって?」
 カミュは小首を傾げ、こちらの様子を窺っている。旅の道中とは違う寝る前の軽装を着ているため、普段よりも首元も胸元のゆるい。はっきりと見える鎖骨とその先を見て、僕は視線を逸らした。
「まーそうだよな。お前オレのこと好きなんだもんな。だから……」
 頬に唇が触れる感覚があり隣を見れば、ふわりと微笑むカミュが両手を広げて僕を受け止めようとしてくれていた。
「ちゃんと待てたごほーび、欲しいだろ?」
 言葉を出す余裕もなく、僕は彼の腕の中へと飛び込んだ。どさりと音を立てカミュを押し倒す様な体制になってしまう。
 そこからは無我夢中に彼にキスをした。それ自体は許してくれるのに小さく「痕残したら殴る」と聞こえてきて、理性を保ちながら味わっていく。
 首筋をべろりと舐めると汗とカミュの味がした。そのことを正直に伝えるとヘンタイ呼ばわりされてしまった。僕をそうさせてしまったのは君だというのに。
 服を捲り、胸元に顔を寄せる。触れてほしそうに主張している突起の片方を吸うと、頭上から「ん」と甘い声が降りてきた。もう片方を指で引っ掻くように触れれば、声はもっと甘ったるくなっていった。
「あ、ッあ…」
 ぴくんっと震える身体が愛おしくて反応を探る様に触れていく。これから、彼の好きな所を僕がひとつひとつ暴いていくのだから。
 僅かに先端に膨らみを帯びて色付く胸を撫でると、そこを触れていた手をカミュの太ももへと導かれるように下ろされる。内側を撫でると、満足そうな目をしているのが分かった。
「お前が欲しいのは、こっちだよな……?」
 カミュは寝ころんだまま僕の目の前で下半身に身に着けているものを脱いでいく。その光景に思わず息を飲む。だって、これはどう考えても目に毒過ぎる。
 お前も脱げ、とカミュに視線で訴えられるのでそれに従う。触れられてもいない僕の中心が反応しているのが丸見えで、はやく、はやくその先を与えてほしい。
 互いに脱ぎ終わるとカミュは脚を開き、その中心へローションを纏った指を這わせた。僕へ見せつけるように奥を指で広げ、ローションを塗りたくる様に人差し指で内側をなぞっている。指を抜くと狭いピンク色の入口は何かを求めてひくひくと疼き、彼は不敵な笑みを浮かべこちらを誘っている。
「もう準備できてるから。ほら、おいで」
 その瞬間、僕の中の何かが崩れ去っていった。想像よりも細い脚を抱え性器をそこへ押し付ける。ぐちゅぐちゅと音を立てながら、ローションの力も借りて想像よりも簡単に先端が収まっていった。
 カミュは何かに耐えるように眉を寄せ息を荒くする。大丈夫かと問えば笑って平気と答える彼が、好きで好きで堪らなかった。
 胸の奥を満たすあたたかいものを分けてあげたくて、ゆるゆると腰を動かす。肉壁を押し広げるようにピストンを繰り返すと、カミュの声が先程入りも高くなっていった。
「ん、あっ、ぁあ、ッそこ、もっと、ぉ」
 言われた箇所を屹立で潰すように擦ると、荒い息と共にびくりと腰が跳ねた。どうやら、ここが好いらしい。
 ぱちゅぱちゅと肌がぶつかる度に音が響く。僕もとろけるような締め付けに翻弄されつつも、乱れていくカミュを得ることに夢中だった。
「あっあん、ぁッ!あ、ん!んぅ、いれぶん、はァ、ん……、どう、だ……?」
 シーツを掴み必死でのしかかる快感に耐えようとしつつも、僕のことを考えている姿に愛おしさが増す。頭も体も指先も目の奥も、ぜんぶぜんぶ、あつい。
「もう、君のことしか考えられないよ……」
 僕は、どうやら君が思っているいるよりも君のことが好きなようだ。もっと、もっと、君が欲しい。僕を与えたい。人って、どうして一つになれないのだろう。
 決して嘘なんかではない。きっとこの先も、ずっと同じことを想い続けるだろう。
 それを信じてほしくて、腰を抱えなおして更に奥へと挿入する。すべて収まった途端、カミュが僕へと腕を伸ばしてきた。
 顔を引き寄せられ、彼の顔の左右に手をつき覆いかぶさる様な体勢になる。そのままキスをされ、ぬるりと絡まる舌を味わった。
「ッいれ、ぶん」
「なに……?」
 いつの間にか僕の腰にカミュの脚が絡みついている。本当にこのまま一つになってしまいそうだった。
「は、ぁ…好き、オレ、も、好き、ぃ……だからッこれから先、に、ぃ……何があっても、オレ以外に、ッコレ突っ込んだら許さねぇ、からな……ッ」
 そう言ってカミュは僕の首を噛んだ。君は僕に跡を残すなと言ったのに。不公平だと言いたくて、奥を思い切り突く。
「ん、あ!あ、あァっん、あ、や、ぁッ!」
 善がりながら僕にしがみついているカミュに、どんどん熱を与えていく。すると内側をより締め付けられ、僕にも限界が近づいて来た。
「ッ僕が好きなの、は……、カミュだけ、だから」
 言った直後、彼に挿注したままどくどくと白濁を吐き出した。
 カミュもひと際高い声をあげて受け止めている。夢みたいな瞬間はまるで鉛の様で、見えるもの聞こえるものが全て本物なのか、僕にはもう分からなかった。